9月/22/2017

フィンドホーン*ダイアリー〜The seed of Peace Making〜

IMG_2003

今回の体験週間で私のもとにやってきたエンジェルは「Responsability」=責任。

フィンドホーンの辞書ではAbility of response=「応える能力」。

地球を両手に持ちながら敬うエンジェルが描かれている。

これまでも度々引いて来たエンジェル。

いつも、このエンジェルがやってくるとすっと、背筋が通る。

そして、それはある種心地よい感覚。

私はこのグループのオーガナイザーであり、グループリーダーとしての責任がある立場な訳で、あまりにも分かりやすいと言えば分かりやすい質をもつエンジェルがやってきた。でも、この地球を持つエンジェルが今回、私に語りかけてきたのは私の活動の根っこをもう一度見つめてみようということだった。

私がフィンドホーンに通い、こうして日本の人々をお連れし、日本でもフィンドホーンというキーワードの中で様々な活動を行うモチベーションの「種」はどんな遺伝子を持っているのだろう。

エンジェルを迎える為に行われた瞑想の中で湧き上がった記憶は、幼い頃から私が自ずと持ち続けて来た身の回りの世界への問いかけ。

この家族をどうしたらいいんだろう。
この緊張感の中でどうやったら良いのか。

どうしたら、私の大事な人達が仲良くしてくれるのか。

そして、どうしたら私は安全で平和な世界に暮らせるのか。

幼い私にとって世界とは「家族」。

日常的に怒りや嘆きのマグマが渦巻く活火山のような家庭環境の中で、ずっとこの問いかけをしながら育った私は、シンプルに「安全」と「平和」を渇望していたと思う。

姉や兄と年が離れて生まれ、大人の中の唯、子供だった私の役割は噴火したマグマを鎮めること。これは勝手に私がそう感じていたことだけれど。泣いたり、観察したり、感情移入したり、私自身も自分の中のマグマに翻弄されながらも、でもずーっと、「どうしたらいいのだろう。」と考えて来たように思う。

ずっと続く旅の中で、いまだその問いかけは内側に響いている。

2004年に初めて訪れたフィンドホーンは、これまで歩いて来た土地の中で、私の中の「平和」や「安全」を感じた世界各地の「場」に響く共通のエッセンスが凝縮した所だった。

初めてコミュニティーセンターに入った時、直観的にここは「ホーム」だと感じた印象は今もまだ鮮やかに心の中に残っている。

私にとって「平和」や「安全」の本質を知るためにかけがえのない場所。

しかし、かといってそこに「こうだから安全で平和なんだ。」というような明快な答えが用意されている訳でもなく、ただただ、その答えを求めるプロセスを形として見せてくれる。この場所を育てて来たエルダー達は口を揃えて、「我々もまだ、答えを求めて日々実験をしている最中だよ。」という。

世界各地から、自然界との繋がりを求める人、人生の意味を求めてくる人、フィンドホーンの神秘に引かれて来る人、新しい社会を創ろうと言う意欲と共にやって来る人、あらゆる「種」を持ちよって、この地球と人類が共同創造していく為の実験を50年余り続けている場所、それがフィンドホーン。その意欲と好奇心、そして行動がここに今でも奇跡をもたらしている。

種が発芽し、成長して大きな木となってその役目を終え、またそこから新しい芽が誕生する。そんなサイクルを繰り返しながら成長して来たコミュニティにこうして触れることで、私の中の「種」もまた発芽し、成長して花を咲かせ、実を付けては一つのサイクルを終えて、新しいサイクルを生み出していく。

とってもパーソナルな歴史の中に蒔かれた「種」は実は、それが世界を創っていく「種」でもある。

私自身の人生もフィンドホーンと同じように、実験の場。

そして、最後までわからない「種」が内包する遺伝子の表現の場。

フィンドホーンと出会って13年目。

「わからない」ということに開放感を味わい、ワクワクする感覚がやってくるようになった。

「Responsibility」ー Ability of Response 「応える能力。」

それは私の中に、かならずある。

だから、責任を重たく捉えるのではなく、人生は「答えはわからない」という旅だからこそ、軽やかに対応していくべし。

一人一人の中にある、重たい「責任」を創造する「対応する能力」に変換できていったら、きっとこの世界も軽やかになっていくだろう。

真実、未来はいつだってオープンなのだから。


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