8月/04/2018

穏やかな脱力感〜義母を偲んで〜

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7月28日、満月の夜に義母が肉体を離れ、光の世界へと還りました。生前、特に乳がんが見つかってからのこの6年余り、治療についてアドバイスやサポートをしてくださった皆様には心から御礼を申し上げます。ありがとうございました。
 
新しい抗がん剤を始めたばかりの時にこの暑さで熱中症を起こし緊急入院したのが22日。そこからは緩やかなジェットコースターに乗ったように、78歳の人生の終焉を迎えました。
 
入院してしばらくは一度回復し、いつものようにいろんなお話をしてくださったのですが、その後呼吸が難しくなり、そこからはあっという間でした。
 
退院後の介護のこと、この暑さのこといろんなことを恐らくイメージしながら、意思を持っての旅立ちだったと私は感じています。
 
農家の長女として生まれ、結婚してからも家業を切り盛りし、未亡人になってからは女手一つで息子や娘を育て、病になる直前まで福祉の仕事をするなど、一生懸命生きてこられた方でした。護るべきものは守り、分け与えるものは分け、今必要なことをやる。身体はとても小さいけれどガシッとした手が印象的でした。
 
ひ孫や孫、3人の妹たちとその家族、地域の方々や福祉の活動で共に働いてきた方々に見送られ、昨日一切のセレモニーを終えました。
 
相変わらず、家族葬とはいえ賑やかで、ひ孫たちが代わり番こにお棺の中の義母の顔を覗き込んでは、その周りでじゃれ合い、記念撮影までしたりして、とても自然にばあちゃんの死を受け入れている姿が、私たちを和ませてくれました。
 
4世代が隣同士で暮らしてきたギフト。様々な難しいこともあったと思いますが、義母はその死をもって全てをまあるく繋げてゆきました。
 
仲良く暮らすのが、一番!
 
というのが口グセで私もそれが最後に聞いた言葉となりました。
 
身内を見送ることの壮大なプロセスの中にまだありますが、お義母さんにはただただ感謝でいっぱいです。この追悼を記すことで、短い間ではありましたが、義母の78年への敬いとともにその人生の証を私自身の胸に刻み込んでおきたいと思います。
写真は町内の天神さんのお祭りの灯篭。お義母さんが旅立ったのは子供の頃、いつも楽しみにしていたお祭りの夜でした。

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