1月/22/2018

そして煌くブッダとともに

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【そして煌くブッダ】

食べ物ばかりに魅せられているのも、この国の文化遺産に失礼だと、実は未だ訪れたことがなかったバンコク最古のお寺「ワットポー」へ。

かの有名な「横たわるブッダ」がおわしますお寺。

敷地の中にはマッサージスクール、御本堂の他に沢山の煌びやかな仏塔が立ち並ぶ。  太陽に照らされた御本堂の屋根が眩い。  わびさびに美と光を感じる日本の仏教とは真逆のこのキラキラパワー。  金色に輝くブッダを敬い、金箔を擦り付けながらお参りをするタイの皆さんのブッダへの愛情を側で見ていて感じた。

自撮り写真撮りまくるツーリストの中にあっても、ジッと静かにブッダに手を合わせ、お祈りする姿は神々しい。心の中にその存在があるからなのでしょう。

私は遠巻きに眺めつつ、そっと手を合わさせていただいた。

これでプラネタリーゲームへの準備は整ったかな。

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バンコク憧憬

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【バンコク憧憬編】

初めてこの街を訪れたのは1989年の12月。当時のバックパッカーはひとまず片道で日本からバンコクに入り、安いチケットが手に入るこの街で、インドやアフリカやここらから先の航空券を購入するのが旅のテクニックの一つだった。

私もインドに向かうためにここに来た。

当時ファランポン駅の周辺はちょっと退廃的な空気感で、売春宿と隣り合わせにあった安宿には、あまり健康的ではない(それがスタイルでもあり)旅人が集まっていた。

ナイトマーケットが賑わうこのヤワラーを一泊だけ予約していた宿を探して歩きまわった夜。肩にめり込んだ14kgの真新しいバックパックの重さで旅が始まった実感したもの。

しっかり歩かねば、と。

一年2ヶ月の旅を経て再びこの街に戻ってきたときにはそのバックパックも薄汚れ、重さも感じなくなってた。今思えば、その旅が世界に馴染むことを教えてくれたのだなと思う。

29年を経て(ビックリ👀)訪れた、ここヤワラーは日曜日の昼間だからかなんだかこざっぱりして、あのいかがわしさが微塵もなく拍子抜け。

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時代もいまやLCCでアジア圏内は気軽に飛び回ることも出来るようになり、SNSで世界のほぼどこでも国境のギャップはなくなってきた。(縦割りという意味で。横割りや斜め割にするといろんな意味で以前より層のギャップは感じるのだけれど。)退廃的なものがちょっとカッコよく描かれた時代でもなくなったし。これから、仮想通貨が世界に浸透したら経済という意味でも益々国境は薄くなっていくのだろうな。

過去を懐かしみ惜しむのは旅人の勝手なファンタジー。そこに生きる人は当然、時代の流れとともに変わってゆくものだ。

約30年を経て、青空の下のファランポン駅を見て、この時間の流れに心地よさを感じた2018年のバンコクの午後。

1月/02/2018

A Happy New Year! 2018

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新年明けましておめでとうございます。
本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

昨年は、前半は神楽坂にオープンした「間」Persimmonの場づくりとフィンドホーンで創られた新しい人類のアプローチへの誘い「New Story」の日本語字幕の翻訳といったチャレンジがあり、後半はフィンドホーンの日本語体験週間、そして歌とダンスで紡ぐハワイ島でのリトリート、トランスフォーメーションゲームの中部地区への出張や北軽井沢での合宿といった旅、そして、コラボを含めた神楽坂での日々のピースメイキングセッションなど、お陰さまで日々、忙しく回遊魚生活となりました。

また、4年目の自然栽培田んぼでのお米づくり、フラメンコのライブ活動、古代文字アートの恒例の展覧会と小品を集めたグループ展など、いずれも手放すこと無く継続できたことがありがたいなあと思います。

会社を退職した時、何かをやろうと、形にしようということは決めず、日々自分の心に問いかけ、その時の答えに従ってみよう、ということを決めました。

そのプロセスも5年目を迎え、ようやく、発芽し茎が伸びて来たように思います。

多くの「関わり合い」から有機的な繋がりが生まれ、互いを拘束することなく響き合いながらそれぞれのありのままを生きていくことができたら幸せだな〜とつくづく思います。

とはいえ、まだまだピースメイキングの試行錯誤の真っ最中。

(というか、ずっと真っ最中かも知れないけれど^^)

ここまでの、流れの中で得て来たエッセンスをしっかりと感じながら、新しい年を歩いていきたいと思います。

自然界の理、この宇宙の理、私達人類の心身魂の理、そしてその関わり合いをもっともっと探求し、理解し、そして、わたし自身が提供するトランスフォーメーションゲームやフラワーエッセンス、踊りや書、旅と体験を通して世界に還元していきたいと思います。

大きなビジョンではありますが、根っこは「わたし」自身が平和であること、そして、私達の本質は「愛そうとしている命である。」ということを気づいていること、そこからしか始まらないと思います。

日々の内なる静寂に浸る時間を重ねていく中で、それもまた自ずと育っていくことでしょう。

どうぞ、今年もピースメイキングの旅を共に分ち合ってまいりましょう。

2018年、皆様のご多幸をお祈り申し上げます!

感謝を込めて☆
ピースメイキングラボ主宰
青木麻奈

☆☆☆

2018年1月〜2月のピースメイキングラボのご案内

1月6日(土)「初春!オトトオハナdeおやすみ会」

1月31日(水)満月瞑想会

トランスフォーメーションゲームのご案内とスケジュールは
こちら☟

http://manahouse.jp/news/1321.html

 

 

12月/14/2017

トランスフォーメーション*ダイアリー〜心の叫びを抱いて〜

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このところ、トランスフォーメーションゲームで立ち会う変容の瞬間について体験していることを思う。

「痛み」と出会う時、人はいろんな反応をする。

ぐっと、身体に緊張感が籠る、笑う、なんのことだか全く分からないと首をかしげる、瞬間に「あれだ!」と分かってびっくりするなどなど。

ゲームの進行では「絶望」や「セットバック(後退)」と呼ばれるスクエアに降り立つと涙の滴が描かれた青いちいさなカードをプレーヤーの代理である「駒」の周りに置いて、「痛み」とともにあることを視覚的に見える状態にする。

その涙は駒が前に進むのを阻み、サイコロの目が涙の数以上に出なければ前に進めない。一方で、痛みがあったとしてもサイコロの目が涙の数よりも多ければ差し引いた数だけ進んでゆける。また、その痛みを認識することで気づきがあれば、その気づきを表す「トークン」で涙を取除くことが出来る。

これは私がこのゲームがとっても上手く出来ているなと思うルールの一つ。

このゲームをまだよく分からずに,プレーヤーとして参加していた頃は「セットバック」や「絶望」に降り立つと、正直「嫌だな〜。」とか「何を見せられるのだろう・・・」とちょっとブルーな気分になったもの。

でも、いまこのゲームの奥行きを学び、そしてファシリテーターとして実際にプレーヤーの皆さんと共にそれぞれの「絶望」や「セットバック」が何かを見つめ、認知して手放すプロセスをサポートする度に、変容のカギがそこに在ることを確認する。(もちろん、これが唯一と言っている訳ではありません。)

人は、生まれてから自分で人生を選択して生きていくまでの間、とても無防備な状態で世界を体験し、対処し、学んでくる。それはつまり、家族であったり、学校であったり、友人や仕事場などその人を取り巻く世界での体験。ほやほやの心のままその体験を通して私達は生きる術を学んでいく。

特に家族、親や兄弟姉妹からの「何気ない一言」や、常に投げかけられた言葉や示された評価は知らぬ間に心の奥深くに良くも悪くも楔を打つ。

褒められればそのことで自分を承認し「世界で通用する自分」という輪郭を描き始め、また否定されたり攻撃されたりすれば傷ついた心は防衛策をたててその「痛み」を心の奥にそっと隠してカギを掛けたり、痛みに対処する為に学んだ知識や一生懸命考えた思考の網で覆っていく。

そして、遂にはその「痛み」が発信している純粋な「叫び」は心の奥の頑丈に守られた闇の中に埋没する。その「叫び」の主は「これで大丈夫。」と人生を歩んでいく。

中には、そうしなかったらここまで生きて来れなかったという場合もあるだろう。痛みを感じながら生きるのは、誰だって辛いものだから。一方で、その「叫び」が起爆剤となって、パワーに自動変換されることもある。また、前途のように痛みを持ちながらすすめることだってある。それはそういう状態を示しているということで、痛みを認識しなくて済む場合は、痛みのないセットバックとして顕われたり、ミラクルやその他の恩寵の中で取れてしまったり、ゲームディーバがそもそもそのスクエアに誘わなかったりということとなる。

しかし、パワーに自動変換されなかったり、いい塩梅にバランスを保ちながら主と共に歩めない「叫び」は、その存在を主張するがごとく、多くの場合おとなしくはしていない。

封じ込めたつもりでも、叫び続ける声が、主にそれを聞かせる為に体験をさせていく。例え、それがはるか昔の小さな出来事から自分の心の中に入ってきたとしても、現在の生きている時間の中で、人間関係や日々の営みにおいて、自分の「癖」を体験として主に伝えてくる。

主は、繰り返しやってくる「行く手を阻む何か」に気づき始めるけれど、それがどこからやってくるかわからない。何か、新しい一歩を踏み出したいのに、何か分からないものが、心の奥の方から自分を引き戻す「力」を感じるものの、それが頭の中にあるように錯覚し、見つからない探し物を頭の中に探しに行く。

闇に埋没させたことは「叫び」のことはすっかり忘れていたりして。

トランスフォーメーションゲームの「絶望」や「セットバック」のスクエアでは、そのプレーヤーの人生の中での、実際の体験に注目しながら、その「叫び」の存在を探していく。

いろんな角度から見つけてゆき、その「叫び」が頭の中にではなく、心の奥にあるということが分かった時、そしてその声を聞いて「やり直し」をした時、あるいはそのまま「バイバイ」した時に変容が始まる。

さなぎから蝶に変容するときのように。

ピッと背中に亀裂が入ったさなぎの中から、しまわれていた羽が自ずと広がり蝶となって飛び立つがごとく。

変容しようとがんばらなくとも、その一筋の亀裂が入ることで自ずと変わっていく。

それが、気づき。そして、受容ということ。

このゲームの醍醐味の一つだと思う。

かくいう私も、何度もさなぎから蝶になる体験をして今が在る。トランスフォーメーションゲームのファシリテータートレーニングは2週間、その連続だった。

自分の中に鳴り響いていたある人の声

「だからお前はダメなんだ。」

という声との出会いは衝撃的だった。

その時、黙して心の奥に埋没させた声は、

「決めつけないで!私はダメじゃない!!」

という、私の新たな「叫び」によって塗り替えられ、自分自身をサポートするパワーとなった。それが、このファシリテーターとして立つためにどうしても超えていく必要のあった「セットバック」だったのは明らかなこと。

大分お掃除は済んだけれど、まだまだ小さな私のさなぎは心の中に眠っているかもしれない。

でも、冬眠から覚めて動き始めたら、それに気づいて、受け止めて、抱きしめてあげればいいんだということを今は知っている。

だから、「絶望」も「セットバック」も恐れる必要はないんだって。そこに降り立ったなら、上書きすれば良いだけのこと。痛みは今の自分に溶け込んで力になっていく。

これから出会うプレーヤーの皆さんにも、もっともっとそのことを伝えていきたいと思う冬の午後なのでした。

☆☆☆

ピースメイキングラボの
トランスフォーメーションゲームについてはこちら☟
「トランスフォーメーションゲーム」

11月/19/2017

ピースメイキング*カフェ@神楽坂

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神楽坂の「間」Persimmonの活動に新たに「ピースメイキング*カフェ」が加わります。

トランスフォーメーションゲームやフラワーエッセンスのセッションや勉強会、あるいは鍼灸治療や様々なイベントが神楽坂の「間」では開催されていますが、もっと気楽に対話を重ね、深めていく場があってもいいなと思い「予約制カフェ」を始めます。

不定期ですけれど。

目的は「ピースメイキング」

日々心の中で感じ、頭でいろいろと考えを巡らすことを話して、聞いてもらうことでスッキリすることはよくあります。ハートを開いていくことが何よりもピースメイキングの第一歩。そして、その一歩はご自身のピースメイキングだけでなく、世界のピースメイキングへと繋がっていきます。

ファシリテーターと参加者、あるいはクライアントという関係性ではなく、ただこの世界のことや心の世界のことを語り合う場です。その時に集まるみなさんと一期一会の時間を紡いでいく。お互いのここまでの人生の旅の話に耳を傾け、そして響き合いながらそれぞれが必要なことだけを持ちかえる。

お話のきっかけにその時に応じて、持ち寄った本の読み合せをしたり、あるいはエンジェルカードを引く、あるいは旅の風景を分ち合うのかもしれません。

お互いに響き合いながら、この世界のピースメイキングを進めていきましょう。

今後のピースメイキング*カフェ開催予定
(下記予定はお部屋の使用状況で随時変更となることもあります。)

 

場 所:神楽坂「間」Persimmon
(お申込の方にアクセスの詳細をお送りします。)

ご料金:2500円(お茶付き)

申 込:要予約(2名以上で開催します。6名定員)
    メール:info☆manahouse.jp (☆を@に変更してください。)

11月/18/2017

ねむの木こども美術館を訪ねて

IMG_2786先日、掛川でのトランスフォーメションゲームの帰り道に「ねむの木学園」にご案内戴いた。広大に敷地の中に学園を中心に一つの村がある。

今回はその中の「ねむの木こども美術館」を訪れた。

「ねむの木の詩が聞こえる」というドキュメンタリー映画を見たのは10歳の頃。

宮城まりこさんの独特の語り口が未だにそのまま聞こえるくらい印象が記憶に残っている。

自分と同い年くらいの子供たちが、自分とは違う暮らしをしながら、描く絵の世界に引きこまれたのを思い出す。

40年ぶりの対面。

改めて子供達の絵の斬新さ、彼らの心の目でみた世界の鮮やかさや痛みや温かさがじわーっとこちらのハートに飛び込んでくる。

有機体が絵の中に存在する。

活き活きとしたモチーフ。

畳一枚分のキャンパスに、もの凄い集中力で描かれた幾千もの小さなお花の広大なお花畑。「3年間かかったからテーマを忘れちゃった。」というタイトル。

一人一人、独特のスタイルがある。

色の使い方、構成、モチーフ。

一人の男の子が、お母さん(宮城まりこさん)が入院した時に描いた絵は、細胞のような角が丸い四角が並びスモークグレーとスモークピンクに塗られている。彼はまりこさんが入院中、一切絵が描けなくなり、そして退院した時に再び筆を取り、先ほどの細胞達は真っ赤に塗られた。彼の中の「赤」が示すものに強烈に惹かれた。命の躍動感が伝わってくる。

カッコ良く描こうとしていない。

描かずにいられなくて出て来たもの。

そこには「情動」が宿る。

アートの力がみなぎっている。

まりこさんは子供たちがのびのびとかつ、しっかりと描きあげるために、子供たちが描く度に

「描いてくれたのね、ありがとう。」

と声をかけていたそうだ。

褒めるだけでは、満足して描き続けない、ダメ出しは萎縮させるだけ。

ただ、描いてくれたことへ感謝を伝える。

いま、学園の職員の方々も同じように声をかけているそう。

なるほど〜と唸った。

感謝されることで、もっと描きたくなる。これは、子供達だけではないかもね。

そして、描きたくなるまで待ち、そして描きたいだけ描かせてあげる。

学校で、一時間の中で描かされている子供達がちょっと可哀想になる。

って、私もその一人だったけれど。

「どんぐり」と名付けられたまるっこい建物は藤森照信さんのデザイン。

しっくいとどんぐりの木のコラボでホッとする。子供たちの絵の世界観とばっちりマッチング。

ねむの木学園の周りには、職員の方々の宿舎をはじめ、ガラスやニットの工房やお花屋さんが点在し、一つの村となっている。今度来た時はもっとゆっくり訪ねてみたいな。

現在宮城まりこさんは90歳になられ、ガンや脊椎の骨折をされ、車椅子での生活をしていらっしゃるとのことでしたが、その日も東京へ出張中とのこと。

雑誌に掲載されたまりこさんは、美しいおばあちゃまになられていた。

まりこさんのラブインアクション。アートの心を静かに熱く、そして揺るぎなく。

その愛に深く深く敬いを感じながら、肚に力が入る。

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9月/25/2017

2018年日本語スピリチュアルプラクティス

 

2018年のフィンドホーン日本語体験週間の翌週に続けて、フィンドホーン財団主催のスピリチュアル・プラクティスが行われます。

*体験週間を修了した方が対象となります*

瞑想を中心とした、自分と向き合う時間をたっぷりと取った二週目のプログラムです。

体験週間をその前の週に体験した方にとっては、
その体験をじっくり自分の中に落とし込んでいく為にとても良い時間となります。

過去に体験週間を受けた方であれば、改めてもう一度フィンドホーンのエネルギーの中で
心の扉の奥にいるご自分と再会する時間となるでしょう。

体験週間はコミュニティやグループとしての体験が中心となりますが
「スピリチュアルプラクティス」ではより、ご自分を深く観じ、 体感する、
自分自身とのワークを集まった仲間と共に行うという時間となります。

様々な形での瞑想やその他クリエイティブなワークを通して
日頃の忙しい頭をマインドフルネスに戻し 少しずつ静かにしてゆく事は
最大のご自身へのギフトとなることでしょう。

*日 時*2018年8月25日(土)~ 9月1日(土)(コースは、8月31日(金)の夜で終了いたします。)
*料 金*£920/£680/£510 (ご自身の状況で選択できるスライディングスケール制)

料金には7日間の宿泊と3食、プログラム代金が含まれています。

ォーカライザー* 渡邉邦江(わたなべ くにえ)

*申込・詳細問合せ* メールにてお問い合わせください。
mail:kunie.hst☆gmail.com 渡邉邦江(☆を@に換えて下さい。)

 

渡邉邦江プロフィール 1954年8月28日生まれ 干支は、馬☆星座は、♍(おとめ座) フォンドホーン財団RP(リソースパーソン)氣康ヒーリング・ウェルネスHSTヒーラー 在英14年、フィンドホーン財団でこれらのコースをたくさん手がけたやさしい人。 1998年に体験週間を体験し一旦帰国した後、コミュニティの核であるフィンドホーン 財団に2000年3月30日より長期プログラムに所属。 9月からのメンバーシップコースを 経て、2001年にクルーニー・ダイニング・キッチンのコ(主)・フォカライザーという 大任で悪戦苦闘。これをクルーニー・ジャングル・サバイバルコースという人もいる(笑) 英語という言葉の壁を越えて、財団の教育部門であるゲストデパートメントで2年間働く。 各国からやってくる参加者の方々をサポートしながらフィンドホーンを体験してもらう、 体験週間、その次のステップとなるエクスプローリング・コミュニティー・ライフ、 スピリチュアル・プラクティスなどのコミュニティ体験のコアになるプログラムを担当する。 その中で素晴らしい人々との交流の大事さをたくさん学ばさせていただいた。 (現在ももちろん学び中) ……大きな事業(別に有名にならずとも)をしなくても、そこに存在する大事さ、 目の前のことを大きな愛を持って対処していく行動力を着実に得た日々であったと自負している……

9月/22/2017

フィンドホーン*ダイアリー 〜発酵する人たちと響き合いながら〜

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今回で8回目のグループとなる2017年のフィンドホーン日本語体験週間が完了し、帰国して3週間。時差ぼけがようやく落ち着き、何度行ってもやってくる「フィンドホーン・ロス」を味わいながらも、日常に滑りこんでようやく調子が出て来るころ。今年は、帰国直後から仕事やイベントが続いたので、その時間も長引いた。

今年は8月の開催となり、滞在もオリジナルキャラバンやエコビレッジがあるパーク。参加者の皆さんが宿泊したのがコミュニティの真ん中にある「ゲストロッジ」で、ミーティングのスペースはパークビルディングの中にある「レクチャールーム」。2004年に初めて私が体験週間に参加したときと全てが重なったことも助けたのか、今回のグループと私の体験週間の時のグループのエネルギーが重なる感覚に度々包まれたのがとても印象的だった。

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一日だけ朝に雨が降った日があったけれど、ほとんど真っ青な空とお日様に恵まれた一週間。この天候にも支えられ、体調を崩す人も無く全てのプログラムがスムーズに、そして日々歓びがますように過ぎていった一週間だったことは、オーガナイザーとしてはとてもありがたい状況だった。

一人一人、バックグラウンドも年齢も違い、それぞれに世界観を持つユニークなグループで、普通にそれぞれの日常を生きていたら出会うことも無かったかもしれない人達。

でも、何かの呼びかけでこの時にこのグループとして集い、寝食共にしながら濃密な一週間を過ごしてみると、なんとも言葉に尽くしがたい「芳醇な」グループへと発酵していった。

純粋なハートが開き、そこに響き合う時、見えないけれど確実なコネクションがそこに生まれる。

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グループプロジェクトでカランガーデン(フィンドホーンの農園)でじゃがいも堀をした時、雲一つない青空の下で、自然界の命の歓喜に刺激されてグループの「発酵」がプチっと弾けて始まったような気がした。感覚的なことだけれど、そこから一段とみなさんの感覚が自由になったように思う。

夜ごと、ゲストロッジの真ん中にあるダイニングルームでは語らいがあったことでしょう。

ある一夜、わたしや通訳の渡辺さんにもお声がかかり、そのダイニングルームでのアフターディナーの時間にお邪魔した時、参加者の一人でフィドル弾きのお百姓さんの男性が、仲間たちに心を込めて、彼がフィンドホーンで受けとった旋律を奏でてくれた。

それはとても繊細で、真正直で無垢だった。

その優しい感動の波紋は、グループのみんなの心を震わせ、全員に響き渡った。

未だに、私の心にもその響きが蘇っては涙がこみ上げてくる。

2004年に参加したわたし自身の体験週間の時に、その同じ部屋で夜ごと仲間と過ごした時間が蘇り、そこから始まりった、ここまでの時間が押し寄せてきて静かに静かに満たされていくのを感じていた。

私の中で、この体験週間や様々な企画を進めていく中で、いつもどこかで持ち合わせていた漠然とした恐れやコントロール、期待や落胆が流れていった時間。

何もする必要は無い、ただただ一人一人のありのままを信頼することなんだと。そして、私自身も。

大きな意図、そこに信頼を持つこと。

ディーバ達が見せてくれる世界を見ようとする意志はもちながら、掴んでは手放していく。

その繰り返し。

今のこの気づきさえもまた手放して。

必要なことはいつでも、再現されて、また私に教えてくれる。

未来にオープンであること。これはフィンドホーンで学んだ大きな意志。

「種」はいつだって全てを持ち合わせていて、ただ、その意志を生きればいい。

忘れちゃったら、またそこに戻るだけ。無邪気になって。

「体験週間」はやっぱり、何か特別な時間。

そこから先は自分ひとりの探求の旅。

でも、体験週間で味わった「コネクション」が体感として残っているならば、きっとそのひとり旅は孤独ではない。だから、「体験週間」がゲートウェイなんだと。

まさに、今年のグループエンジェル、「Exploration〜探求〜」の旅がそれぞれに始まっていることでしょう。

わたしもまた次の旅へ。

まだ見ぬ仲間たちはいずこに。

また一年をかけながらゆっくりと出会ってゆくのでしょう。

「体験週間」のディーバとともに。

2017*フィンドホーン日本語体験週間に参加した方々の声④ 

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福岡県からご参加くださった60代の仲良しの女友達お二人から寄せられた声です。お二人とももともと、好奇心が旺盛な方々のようでしたが、フィンドホーンで日ごと、心が解放されどんどん少女のようになっていくのが印象的でした。(青木)

☆☆☆

 

友の誘い話は、私の探し求めているものが、そこにありそうな気がして、行ってみようと思いました。

そこは、フィンドホーン。7日間の日常生活を過ごしました。

印象深く残っている事。

それは、向こうのスタッフとのコミュニケーション。

ひとりは、事あるごとに「ありがとう。」

もうひとりは、「楽しんでますか。」といつも尋ねて来ました。

英語で話す方なのに、この言葉は、日本語で話してくれました。

ずっと、言うんです。教えるでもなく。説くわけでもなく。

ずっと言うんです。言葉に、行動に、包み込む優しい心、愛ある心を感じました。

私の心の扉を開いてくれたのです。

面映ゆいのですが、幸福の基は、“愛”だと思いました。

私は、「言い続けてくれて、ありがとう!」と伝えました。

この旅行は、私の宝物となりました。

Y.Yさん(福岡県 女性 62歳)

 

フィンドホーンはステキな所でした。毎日穏やかな気持ちで過ごす事が出来ました。

55年前は砂地で荒涼としていた土地が、今では大きな樹や花で溢れ、自然豊かな村になり、爽やかな風が通り、温かな雰囲気が漂っていました。

バイオダイナミック農法で育てられた野菜の食事は品数多く、お皿に少しずつ取っても山盛りになり、どれもとても美味しくてお腹いっぱいになりました。

3日目で心の扉が全開し、世界と自分との境が無くなったように感じ、愛と平和と喜びに満ちた思いでいっぱいになりました。

帰ってきてから、やりたい事がたくさんあり、あれもこれもと欲張っていますが、心は以前にも増して楽で穏やかです。1週間の生活体験で、知らず知らずのうちに、いろいろな決めつけから解放されたようです。

S.Hさん(福岡県 女性 60歳)

 

2017*フィンドホーン日本語体験週間に参加した方々の声 ③

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【気づきと感動のフィンドホーンマジック】 J.Uさん 男性(東京都より)

気付きと発見の日々の体験週間を終えて、2017/9/4、無事、フィンドホーンから日本に戻って来ました。

しかし、私は、数ヶ月前まで「フィンドホーン」の名前さえ知らなかったのです。

あるサイトの中で、フィンドホーンに飛ぶページがあり、何気にクリックしてみると

「フィンドホーン財団は、「コミュニティ」や「自然環境」「スピリチュアリティ」と云ったテーマを通し、新時代の暮らし方のモデル「人類の実験室」の様な役割をしています。」みたいな内容が書かれてありました。

物質主義に偏り過ぎ、あまりにも自然界から遠ざかり過ぎた、今日の社会に違和感を持っていた私は、「あっ、これだ!」「ん、呼ばれてる!」と直感し、単純さも手伝って「行かなければ!」と思ってしまったのです。

ただ「スピリチュアル」の要素が強そうなので、宗教宗教していたら嫌だな~と云う思いもあり、そこで今回の企画をされているオーガナイザーの麻奈さんにお逢いしてから、「行く、行かない」の判断をしようと思ったのです。

初めてお逢いする麻奈さんは、宗教的な色も無く素敵な方で、私が抱いていた懸念は、すぐに払拭されて、迷わず「フィンドホーン」行きを決めました。

結論から言いますと、フィンドホーンに行って、本当に良かったなと、心から思います。

まずフィンドホーンで感じたのは、波動の高い地場は本当に在るんだな~と云う事でした。(確かに波動が高いんです。)

上昇と云うのでしょうか、加速と云うのでしょうか、とにかくスピードが早いのです。

なんのスピードかと云いますと、問題がクリアになる時間がとても短いのです。

今までなら、とても長い時間をかけなければ解けない様な問題(内面に於ての疑問)が、実に早く、しかも簡単に解けてしまう様な感じなんです。

(思った事が、すぐに結果として現れる様な感じとでも申しましょうか。)

また、今回フォーカライザーとしてお付き合いして戴いた「クレイグさん」と「ジュディスさん」との出逢いにも、感謝です。

お二人のたたずまいは、まるで気負う事なく、見事に肩の力が抜け、ある境界線を超えた者がかもし出す、「ただ居る」だけで、自信に満ちたしなやかな優しさと清々しさを持ち合わせていて、みんな多大な影響を受けました。

実に素敵なお二人でした。

(参加したメンバーも、お二人の様になりたいな~と、口々に申していましたね。)

お陰様で、有り難い事に、正に「フィンドホーンマジック」と思える、幾つかの驚くべき「気付きの発見」と、「あらゆる事へ心から感謝する体験」を味わう事が出来ました。

もしかしたらですが、今回フィンドホーンで私が体験できた事を、フィンドホーンに行かずに、日本で体験する時が来るとするならば、恐らくこれから30年後くらいになっていたかも知れません。

30年後⁉

もう私は、生きていないです。(笑)

下手すると、フィンドホーンに行かなければ、今生では体験出来なかったかもしれないなと思える位、フィンドホーンでの体験はインパクトがありました。

今後も、休む事なく変容と進化と成長を続けて行くであろう「フィンドホーンの叡智」よ、永遠なれ。

ありがとうございました。合掌。

2017/9/13