11月/20/2016

原点回帰の、いま 〜書のこと〜

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有芳先生の甲骨文「馬耳東風」

フラメンコを踊り出す前、8歳から30歳まで、途中海外に出ていた時を除いて長いこと書を習っていました。子供の頃に住んでいた団地で教室を開いていた多菊有芳先生は私がオムツをしている頃から私を知る方でした。

子供の頃は先生に褒められるのが嬉しくて、通い続けていました。高校生の時に「叢秀」という雅号をいただき、初めての先生への正式なご挨拶として、「虎屋」の羊羹を手にして先生のお宅に伺った時には、据わりが悪くて緊張したもの。そして単純にも、よし、先生になる!と師範への勉強をして年に2回の試験に取り組み、それは短大を卒業して、人生の旅を始めてからもペースダウンはしたものの続いていました。

が、ある時からお手本をひたすら真似て書くこと、そして昇段試験のために書くことが、どーしてもできなくなって、準師範というところで筆を置き、ほぼ同時に出会ったフラメンコへ没頭。身体を動かすことへの渇望に身を任せ、すっかり書から遠のいたその一年後、子供の頃から大事に育てていただいた先生が癌で亡くなってしまいました。

その私の先生に対する不義理に一時は本当に落ち込みました。

その後、書の道具は奥にしまい込み、フラメンコに没頭していったのはその先生への申し訳ない想いを解消することもあったのかもしれません。ようやく、ソロで踊れるようになってきた頃に、今、活動している古代文字アートの天遊組に出会いました。

古代文字(書の世界では甲骨金文)を、得意とした先生に終ぞ習うことが叶わなかった文字を今、こうして書けることは天国の先生の導きだったのかも知れません。

最近、朝の静かな時間に古代文字の小品を書き始めていますが、先日ドサッと昔いただいた先生からのお手本が出てきました。

久しぶりに臨書してみたら、先生の線の呼吸がより感じられる。

そうか、昔は形だけ真似しようとしていたなって。

その線にある呼吸は、20年近く踊って、フィンドホーンで心身魂をほぐして、天遊組でたくさんの線を自由に書いた今だから感じられるのかもしれない。

もう一度「叢秀」に戻る時間も始まるのかな、そんな予感の朝。

再び自由な線から「型」へ。

 

そして、その両方を自由に行き交いつつ。

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