2月/21/2016

ライブ所感@高円寺カサ・デ・エスペランサ

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©Toshiharu Kawajiri

2月18日久しぶりの本番で踊りました。

場所は高円寺カサ・デ・エスペランサ。馴染みのある共演者と温かい会場のみなさん、そしていつも我々の研鑽の場を提供して下さるエスペランサのみなさんに支えられ、無事に踊り終えることができました。

ありがとうございました。

昨年9月に恵比寿アンダルーサでスペインから来日しているアーティストと共演するライブで見事に不完全燃焼となり、これは少し頭を冷やさねばと思ったことと、自分の暮らしの大きな変化も合わさって半年余り、週一回のレッスンと時々自分での練習をいう淡白な時間を過ごしました。

馴染みの曲を新しい振付けで踊るということもあり、より時間をかける必要もあったことも事実。また、秋から指導も始め、様々にそれまでと同じようなリズムでフラメンコに関われなくなった時間でした。

でも、その決断はとても良い変換をもたらしてくれたかなと。

昨年末からの一ヶ月余りはこの曲を身体に浸透させて、自分の呼吸と結びつけていくという作業をじっくりしてきた。

それは、とても良い時間だったなと思う。
振り付けられた踊りに、自分の呼吸が反応し始める瞬間はいつでも気持ちいい。

そう、こういうことちゃんとやりたかったんだと改めて思った時間だった。

踊りたくて踊りたくて仕方なくて、夢中でライブを重ねていた数年前。とてもキラキラしていて素敵な時間を過ごしていたなと思う。でも、どこかから自分を通り越して本番のために練習する時間を追いかけるような状態になっていたなと。それはとても雑な感じがする時間だった。その先に「踊りたい」から踊るのではなく、「踊らなくちゃならない」から踊るということにモチベーションが変わっていったのだと思う。それは自分が、本番に向けて練習し続けないと身体が鈍っちゃうだろうという怖れからなのだけど。そして、その先に、昨年9月のライブがあったんだなあと。

今回のその新曲はまだまだ荒削りでこれから更に深めていきたいと思うけれど、あのキラキラしていた頃の本番を思い出す時間だった。間違えることを恐れず、飛び込んでいくこと。そして、同時にぎゅっと集中して全体と共に踊ること。その両方が混じり合う時は、いつでも終わった時に開放感に満たされる。身体も心も開いて浄化される。

これって、フラメンコに限ったことではないなと思う。

日々の仕事やあらゆることに言えること。

まわりの状況や出来事と一体化せずに、いつでも自分の中に流れている呼吸に戻れるところにいること。
そこから常に始められること。

何であれ、フラメンコのヌメロ(曲)を一曲踊るということは、この生き方を練習していることのように思う。
全体と「ひとつ」になることは、「一体化」とは違う。
つまるところ、一人一人がちゃんと呼吸して生きながら共に刺激融合してグルーヴすることなのだと。

人生同様、フラメンコでもまだまだその粋には達することがままならない。

でも、瞬間が訪れることがある。それが強烈に心身魂に記憶される。

また、それに出会いたくなる。

だから、踊ることも生きることも辞められないのだな。

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©Toshiharu Kawajiri