8月/07/2016

トランスフォーメーション*ダイアリー 〜アドヴァンストレーニング〜

IMG_5884
贅沢な時間

今回は体験週間と同じ週に、たまたま企画されていた、トランスフォーメーションゲームファシリテーターのアドバンストレーニングに参加。

今年はトランスフォーメーションゲームが誕生して40周年。その祝福イベントとしてこの前の週に「プラネタリーゲーム」という大掛かりなプロジェクトが行われた。私自身は参加は叶わなかったけれど、ダイナミックなエネルギーが働くそのプロセスに参加したファシリテーター仲間が深い感動のエネルギーと共にトレーニングに参加されていて、その余韻をちょっと感じることができた。

そんな特別な一週間の後、トランスフォーメショーンゲームを生み、育てて来た方々が皆集合していたこともあり、このトレーニングもトレーナーがエンジェルカードを作った JoyとKathy、そしてプロセスワーク(自然発生的な身体のポーズや動きを捉えて、その動きをプロセスしていくことで、ことの本質を見つめていくワーク)の達人 Mary  の3人。Mary以外の二人は現在アメリカに住んでいるので、この3人が勢揃いしたトレーニングを受けられるのは正にギフト!感謝この上ない時間だった。

IMG_5806_1

左からKathy, Mary, Joy, Our lovely trainers!

アドバンストレーニングのアドバンスたる所以は「Deepen connection with Game Deva and expand my awareness of inner workings of the Game – ゲームディーバとの繋がりを深め、ゲームを通しての内的な探求の気づきを広げる」- ということ。つまり、ファシリテーターとして、ゲームディーバへの信頼を深め、また自分自身の内的な探求を深めていくということ。

改めて文字にするとわかったようなわからないような意図だけれど、やはりフィンドホーンで生まれたトランスフォーメーションゲームのトレーニング。ゲームそのものがトレーニング。ゲームのプロセスとともにその意図の本質が開かれていく。

早速、Joy、Kathy、Mary がそれぞれスーパーバイザーとなり3つのグループに分かれてファシリテーターとプレーヤーを交代しながら、まずひとゲーム。自分にとってゲームディーバと関係を深めること、気づきを広げることという意図がどう働くのかをまず探求していく。 ファシリテーターになって一年余り。積極的にゲームを開催して来た一方で、プレーヤーになることがほとんど無かったのでとても新鮮な時間だった。初めて体験週間を受けたときの、自分自身を許し、受け入れ、解放したときのことがここでまた蘇り、自分でも驚く。 あるがままの自分を受け入れること、それを思い出すことから、私のこのトレーニングは始まった。 「経験」を重ねながら、得られる気づきを体感し、またテクニカルなことを超えて、自分自身の人生のテーマと向き合うことで自分自身がその変容の体験をするというトレーニング。後半はそれをこのグループの中で「公開」で行われていった。 IMG_5821

一つのトレーニングワークでセットバックカード(後退のカード)のプロセスの練習が行われた。

「セットバック」は「傷み」を認識する場。ファシリテーターとしてはそのプレーヤーのとても繊細な部分に触れていくプロセスなので体感をもって知る必要がある。

トレーナーがファシリテーターとなり、我々の代表者がセットバックカードを引いて自分の傷みを分ち合う。いくつかの質問をとおして、ぐっと核心に触れると傷みは涙として溢れる。そして、そこから一歩踏み出すためにプロセスをしていくと、みるみる傷みはパワーに変わっていく。

そして、そこに現れた傷みは自分の中にもあると気づく。

きっかけは固有の体験であってもその根っこを辿っていくと人類に共通した傷みに至ることが多くある。そこに達した時に、その本人だけではなく、その場を共有している私たち、そして、もしかしたらどこか離れた場所でもその傷みが癒され、変容が起きていく。

人の傷みと向き合うことは、恐れ多いと感じることが多いけれど、こういう時にこそ、ゲームディーバが共に働いてくれているのだと。「私」という個人ではなく「わたし」という全体性とともに在ることでディーバたちも働きやすくなる。

ついつい、テクニカルな「質問」の仕方や応答の仕方を追いかけたくなるが、3人が3人とも全く違うアプローチ。Joyにおいては「私のファシリテーションを完璧だなんて思わないで。」と、トレーニングの最初にシェアされていた。彼女たちが伝えたいのは「テクニック」ではなく「在り方と態度」、そして「信頼」。

トレーニングの一部始終がそこに行き着く内容だった。

IMG_5873

ゲームディーバと繋がる

トレーニングの終盤、いよいよ改めてゲームディーバと繋がる瞑想が行われた。

段階的にイメージを投げかけられながら最終的にゲームディーバと出逢う。

私は自分達の周りぐるぐると回転して円を描く光の珠としてやってきた。ビュンビュンと高速でまわる光の玉に結界が張られ、目の前にはぼこぼこと光のマグマが湧き上がり最後には柱となってズコーン!と立ち上がった。

お~!これが光の柱か!と思いつつ、ディーバに感謝を伝えると、自分たちはいつでも共に働いているよ、というメッセージ。崇拝するのではなく、共に働いて頂戴ねと。

これまで、どうしてもディーバや見えない存在たちを高いところに据えて拝んでいた私。でも、そういうことではないと体感した。彼らは共に働きたいと考えている。答えを与えようと言うことではなく、一緒に創造しようと。だから、緊張すること無く楽しんで欲しいと。

あ~、なんだかとても解放された気持ち。

そして気がついた。

目の前にいる3人のトレーナーたち。この人たちもまたディーバと同じく、自分たちを崇め奉られることを望んでは居ない。崇め奉るということは、実は私は自分の責任を委ねているということでもある。一人の人としてそこに存在する、先行く人たちへの私の中の距離感が瞬時に変わった。

知恵の在る人、そして経験を重ねて来たということ、そのことへの敬いは変わらないけれど、それは相手に常に完璧さを求め、答えを出してくれるという期待感とは大きく違う。

フィンドホーンのあらゆる関係性もまた、このことに通じるものがあると思う。このコミュニティの実践の中で誕生したこのゲームの根っこにある意識はやはり、すべてものと同じ目線で存在し、お互いに敬いながらも横に繋がっていくこと。ヒエラルキーからの解放。

頭で分かりながらも、体感したことは私にとってとても大きな体験だった。

光の玉であるゲームディーバはいつも私とともに働いてくれている。

あるはずの答えを求めるのではなく、一緒に創造していこう、という呼びかけにはワクワクと胸が躍る。

トランスフォーメーションゲームはやはりただならぬもの。恐れではなく畏れ。プレーヤーの人生にダイレクトに関わっていく時間にこれからも敬意と歓びとともに関わってゆけたらと思いを新たにした。

ゲームディーバへの友情と感謝を込めて。

トランスフォーメーションゲームのご案内ページ IMG_5822 2

8月/05/2016

2016年 フィンドホーン日本語体験週間ダイアリー Vol.3

IMG_5872

体験週間ダイアリーvol.1
体験週間ダイアリーvol.2


体験週間の軸は「心の扉を開く」こと

みなさんが体験週間を過ごしている間、私は何もしないのはつまらないと、たまたまこの週に企画されていた、トランスフォーメーションゲームファシリテーターのアドバンストレーニングに参加し、毎朝パークに向かってトレーニングを受け、そして夜10時過ぎに戻る、という5日間をすごしました。

ちょこちょこと朝食の時間や、寝る前のサイバールームなどなどで参加者のみなさんとシェアをしながら、外側から今回の体験週間のプロセスを体験しました。

ハートが開いていく中で、様々な感情や感覚がいつもより感じやすくなるのが体験週間の常。

それが「パーソナル プラネタリー トランスフォーメーション」(個人的な宇宙レベルの変容とでももうしましょうか)へのステップ。すべての体験が「自分を知る」きっかけとなります。

フィンドホーンという場はこのような変容の場を、世界から集まる魂の旅人たちに50年余りも与え続けています。最終的な変容のボタンはご本人の選択。日常では「ある範囲」に納めて来た人生の幅を広げるチャンスに溢れた場です。

それは、とても現実的なレベルでの変化かもしれないし、目に見えないサトルレベルでの変容かもしれません。あっというまに見えるレベルで変容が起きる場合もあれば、何年もしてからいつのまにか変容していた、ということかもしれません。フィンドホーンに来て、病が治ったり、癒されたという方もありますが、これも結局はフィンドホーンが癒してくれた、というより、フィンドホーンはその方のハートを開く場を提供してくれて、そしてご本人がそのボタンを押したことで癒しが起きた、ということなのですね。その方の人生へのコミットメントが奇跡を起こしていったのだと思います。

いずれにしても、求めればいつもそこにサポートしたくてたまらないエンジェルやディーバたちが待ち構えているのだ、と今回も更に信頼を深める時間でした。

但し、これもまた私自身が見ている体験週間。どうしてもそこには私の限定された視点があります。なので、やはり、フィンドホーンを知るには体験するしか無い、という結論になります。

来年もまた、私に「一週間」が与えられました。ここからまた新しいグループを育てていく時間です。一つのお問合せから繋がっていくご縁にまたワクワクしながら新しい旅が始まります。

さて、来年はまたどんなご縁が繋がっていくでしょうか。フィンドホーンのディーバとエンジェルととともに新しい輪を創造していきたいと思います。

2017年フィンドホーン日本語体験週間ご案内

 

 

2016年フィンドホーン日本語体験週間ダイアリー Vol.2

IMG_5895

体験週間ダイアリー Vol.1はこちら

新たな試みとして

昨年からプログラム自体には私自身が参加はしないようになりました。そもそも、オーガナイザーはプログラムへの参加はしないというのがフィンドホーンで行われるプライベートグループでは基本的な在り方だったのですが、日本からのグループに関しては言葉の問題などもあってこれまでオーガナイザーが参加するのを大目に見て来てくれていたのです。

オーガナイザーが参加しない方がいいという理由には、やはり何度も体験週間を経験している存在がグループにいることは、どうしてもそこにパワーがうまれてしまう(頼ってしまう)ので参加者の方々が「ありのまま」で参加しにくい、また体験週間で体験を分ち合うグループの中で、何かあった際にはそのグループの中で解決していくこと(それは、そこに関わっているフィンドホーンのメンバーであるフォーカライザーも含まれます。)をまずは試してみる、ということもまたフィンドホーンのコミュニティライフを体験するプログラムの一環ということなのですね。(ただし、ここで明記せねばならないのはこれが成立つのも、通訳以上の在り方でコミットして下さるまりりーなこと、通訳の渡辺雅子さんがこのツアーに参加して下さるからです。)

私自身は日本の社会における「グループリーダー」が負う暗黙の「責任」という感覚と、フィンドホーンで実践される「体験」を重視してプロセスするという実践との間でなかなか答えが出せなかったのですが、グループリーダーの役割をフォーカライザー、そして、フォーカライザーと参加者の皆さんを繋いで下さる、まりりーなに委ねるという在り方で過ごしてみることにしました。

私にとって、これは「信頼」を学ぶ時間でもありました。
フィンドホーンの実践と、私自身を含め一人一人のプロセス、そしてその場に働く目には見えないけれど確実に恊働しているディーバたちへの信頼。そして、All is very very well  であるということへ。

ちゃんと、それを試すかのごとく体験は待ち構えておりましたが、私自身の実感としてなぜ、オーガナイザーがグループから外れる必要があるかを改めて納得しました。

参加者のみなさんの一つのお声として、イントロダクションの場で私の役割をファーカライザーにお渡しした際に「そうか!しっかりしなくちゃ!と感じ、より積極的にプログラムに参加することに繋がった」というお声が聞こえてきました。それを聞いたときはとても嬉しく思いました。体験週間はまさに「体験する時間」。「普遍的でつねに新しい在り方」を実験、体験する場だと私は思っています。まだまだ、私の人間性の器は小さなものですが、いつでも試行錯誤しながら最善を求めてゆきたいなと思います。

つづく

体験週間ダイアリーVol.3 

2016年 フィンドホーン日本語体験週間ダイアリー Vol.1

IMG_5893

今年のフィンドホーン体験週間が完了

私自身が参加した2004年以来、夏のフィンドホーンは初めて。昼間の時間が夜の10時過ぎまで続き、たくさんの花が咲いていてやはり開放的なエネルギーに満ちていました。

特に今年は、この体験週間の前後にトランスフォーメーションゲーム40周年、セイクレッドダンス40周年というお祝い週間があり祝福ムードに包まれていました。

今年は日本のあちこちから、13名の方々が集まりました。

一年かけてこうしてご縁が結ばれて、成田やアバディーンのホテルでお会いする時に毎回感動します。すでにそれがミラクルだといつも思います。

体験週間のはじまり

7月7日午前発のKLM便で成田を出発、アムステルダムを経由し、私は7名の方とともにアバディーンへ。そして、いつもの空港の側にある「スピードバードイン」で一泊。まだまだ明るい夕方に到着し、旅の疲れもありつつも、夜までの時間にちょっと町へ探索に。その間に3名の方がチェックインされました。

7月8日金曜日の朝、チャーターバスでフィンドホーンの最寄りの町、フォレスへ。この日はフォレスの町にあるホテルで一泊。ここでさらに3名の方が合流しました。ようやく全員集合!翌朝はフィンドホーンからのバスがお迎えに来て下さり、ようやくクルーニーへ到着。ここで一つ私自身の大きな役割が完了!なじみ深いクルーニーのラウンジでお茶を戴く時にようやくホッとできるのでした。ここからは、フィンドホーンの時間。今年もまた、一週間が始まる期待感とともに。

プログラムが本格的に始まる土曜日の午後に、クルーニーヒルのシカモアルームでイントロダクションが始まりました。それぞれが3分程度で自己紹介とご自身のことをシェアしていただく時間です。

ここに来るまでのやりとりや、自己紹介文を思い出しながら、「ようこそここまで来て下さいました!」という気持ちで迎える時間。10年もの間、焦がれてやっと来られたという方、つい最近本を読んで興味もって、友人に誘われて。。。と理由は様々ですが、今回こうして集まったのは何かのご縁。これからの旅がそれぞれにとってギフトになりますようにと願いました。

今回のグループエンジェルは「Balance」

イントロダクションに続いてはエンジェルメディテーション。それぞれのエンジェルとグループエンジェルを選びます。

今回のグループエンジェルは「Balance」~バランス~がやってきました。

グループ、コミュニティという場において一人一人のユニークネスを活かしながらひとつの場を協働創造していくために、とても大切なエッセンス。しっかりとグラウンディングして、センタリングしてこそ他者とも繋がれるわけで、その天秤の軸となるイメージが湧いてきました。

また、いま世界で起きている悲惨な事件や傷みに対して、どうか関わるかという問いかけの応えでもあるように私は思いました。痛みや破壊を事実として受け止めながらも、自分の在り方やアクションについて見つめる時、世界のバランスをとっていくために私ができることはどんなことなのか。

この春から田んぼを始めた今、やはり稲を植える、歓びを感じ分ち合うということで全体のバランスをとること、そんなことも湧き上がってきました。

そして、50年余り続けられているフィンドホーンの実践もまたそのバランスをとることに通じるのだと。

つづく

体験週間ダイアリーVol.2

5月/15/2016

トランスフォーメーション*ダイアリー〜自分の足で立つ!〜

IMG_4560

4月の週末、初めて札幌でのトランスフォーメーションゲームをファシリテートしてきました。


札幌の街イベント情報を掲載するポータルサイトから申込をして下さった30代後半の女性Yさん。遠くの街
から、朝早起きしてやってきてくださいました。


現在勤める仕事場の上司から言われたある一言で、長年やってきた介護の辞めることに。

新しい仕事で自分が自分の上司になる!という意図とともにやってきて下さいました。

これまでは、なかなか自分の意見を表明したり、感じていることを相手に伝えるのが苦手で、多くの人がそうであるように、相手や環境に合わせ、悶々としながら社会生活を送られてきたYさん。何度と無くお仕事を辞めたいと思いながらも思い切った一歩が踏み出せない中で、向けられた上司からの言葉。それが、これまでの悶々としたYさんの内なる声を押し出し、辞めるという決断に。そんな矢先のこのゲームでした。以前受けたことがあったこのゲームが、その時にとても助けになったということで「トランスフォーメーションゲーム」というキーワードで検索したら今回のお知らせに行き当たったと。

私はYさんの為にこのゲームを企画したのかもしれません^^

最初のダイスで誕生し、早速人生の道を歩み出しました。
次のダイスが「5」、いきなりミラクルのスクエアへ!これからは、自営でお客様の健康を育てて行くお仕事をする、という意図のエクササイズをするように、他の方に新しい人生の気づきの機会を提供しました。そしていくつかのプロセスを終えた後に仕上げのミラクルスクエアへ降り立ちました。そこではご自身の深いところにある純粋な「ニーズ」と、ある人に対して抱えてきた罪悪感を手放すプロセスをここでやってみることに。

これまで、自分の中で繰り返しつぶやいていた言葉を口に出した途端に、Yさんは大きなため息と共に身体中の力みが抜け、緊張していたお顔がふわ〜と解放されていました。

自分だけで抱えてきた想い、それがどんなものであっても、また対象がその本人でなくても、安全に口に出すことができることで、こんなにも伝わってくる空気感が変わるものかと、毎回その変容を見守りながら感じることです。

それは、私自身がファシリテータートレーニングで何層にもなってしまい込まれた「言葉達」を一つ一つ解放していくことで正に味わった「変容」。

詰まっていた言葉を解放することで身体と心、そして、見えないレベルの流れが通り、そこに呼吸がはいっていく。外の世界との循環が始まります。

流れと循環と呼吸はこの自然界の原理原則の一つだと思います。

心や身体もその法則に沿うことが本当に意味での健康につながっていくのでしょう。

お持ち帰りエンジェルは「Relaxation」

帰り道はその開放感を味わいながら、嵐の後の札幌の町をゆっくり歩いて帰られたそう。

嬉しい時間でありました。

こんなプロセスの場を共に居られることが、私にとってもギフトなのだと思います。

✨✨✨✨✨

その後も、Yさんからゲームで得た気づきをもとに行動を起こして行かれるたびにご報告のメッセージが届いています。

その上司の方にも、改めて自分が向けられた言葉に対して感じたことを伝えたことで、全く違う意図でその上司の方が話していたことがわかり、また、罪悪感を感じてきた相手にも正直に自分がその方に対して「やってしまったこと」を伝え、相手の方との和解へのプロセスを歩み始められました。

「自分の足で立つ!」という意図を立てた瞬間に実は変容は起きているのでしょう。過去のパターンから脱皮して行くYさんは頼もしい限りです。

すべてのプロセスのタイミングや方法論は一人一人異なりますが、ゲームで提供される「安全な場」でこれまで蓋をしてきた箱をを開けてみる。そしてその向こう側にある広大な智恵と愛の場にタッチして戻ってくるとすでに変容が起きている。その旅のキーポイントとなる態度はやはり素直さにつきると思います。

しっかりと、今、もっとも自分の中で湧き上がる意図とニーズを見つけ出し、変容をサポートする言葉やエネルギーを素直に受け止め、しっかりとコラボレーションしていくことでとても深く、揺るぎのない「変容」へと繋がって行くのだなと、改めて。

短い期間ではありますが、Yさんのプロセスと共に過ごし、そのひたむきに向き合い行動する姿を見せて下さったことに心から感謝とエールを送りたいと思います。

 

3月/28/2016

フラメンコレッスン*ダイアリー

IMG_4944

 

昨年の秋から南砂町のカルチャーセンターでフラメンコを伝え始めて半年が経ち、ようやくその広いスタジオや一歩前に立ってフラメンコを伝えるということに慣れてきた。長年続けて来られている生徒さんを引き継ぐクラスと全くフラメンコに初めて触れる方のための入門クラスと2クラス。

一時間という限られた時間で、生徒さん達が何か一つでも持ち帰るものを提供できるか、あるいはつかの間日常生活を離れて、カラダを動かすことに集中し、リフレッシュできるか、模索しながらの半年でした。今もそれは続くのだけれども、少しずつ自分が何をこのフラメンコを通して伝えたいのかが姿を表し始めてきた。

フラメンコは恐ろしく奥深い。なぜなら、人間そのものの奥深さを歌い、その感情そのものになり、フラメンコを踊る、歌う、弾く者たちのカタルシスを観る人達へ分ち合うものだから。時にそれは、神様との対決にもなり、むき出しの存在が最後には立ち現れ、その愛に包まれるものである。

こんな境地はどこにあるのか、でもそれを観たことはあって、そこに向かいたいけど、いつまでも彼方にある。

それが私の感ずるフラメンコの世界。

この世界をどう噛み砕いて、楽しく、伝えるのか。。。これはきっとフラメンコを指導する方々みなさんが模索することなのではないかなと思う。

とはいえ、私自身カルチャー出身。

その初心を思い出すこと。あの時は、ただ言われるままにカラダを動かすことが新鮮だったなと。

オフィスワークや家事で使うカラダの領域はとても限られていることに踊る様になって初めて気がついた。そして、いつの間にかその限られたカラダの領域で固まってしまっていることも。

カルチャークラスの入門クラスではまずはここから。

カラダをほぐして繋げて呼吸入れて。そしてリズムを入れていく。

外側の筋肉を鍛えるのではなく、コアを鍛えてしなやかなカラダになっていくこと。今流行のレジリエンスをカラダで実感できるように。

時にそれは「フラメンコ」という領域から出ることになるかもしれないけれど、とても大切なこと。

カラダの自由さを求める一方で、フラメンコ的に大切な軸は、そこに「意志」を通すということ。

それがフラメンコのリズムの環を生み出していくということ。

フラメンコのリズムは循環。その循環の中で曲趣によってアクセントが変わってくる。そのアクセントが「意志」であり「軸」

自由を求めるとき、その軸があることでより自由に内側を感じられる。小さな入り口から、最終的にはそんな領域に向かえるように時間を重ねていきたいもの。

コトバにするは易し、行うは難し。でも、やればやっただけ応えてくれるのも事実。

そして、それは日々生きることに直結していく。

お伝えしながら、私自身もなぞる道。

半年過ぎての覚え書き。

 

 

3月/09/2016

トランスフォーメション*ダイアリー 〜思いもよらぬ 春の日に〜

IMG_2750_1
このところ、続けて、個人やグループでのトランスフォーメーションゲームを開催させていただきました。ご縁をありがとうございます。心から感謝申し上げます。

毎回、セッションの度に私自身も、お一人お一人の人生の過去へ未来へと繋がる糸をたぐりながら、その方の「今」を浮き彫りにしていく作業を通して、「生きる」ということのダイナミズムを味わっています。

ゲームを受けるタイミングは人それぞれ。でも、何かビジョンを得たい、実際に人生に変化を起こしたい、または、何か分からないけれど、モヤモヤしている状態からを脱っしたいという時にこのゲームに惹かれてやってくる方がほとんどです。

痛みのまっただ中にいるというよりは、痛みを抱えながらがんばってきた方や、前向きに人生の探求をしながら、すっとタイミングよくこのゲームと出逢う方が多いと思う。人生の今のマッピングを俯瞰して、時にはそのエネルギーを体感して進んでいくプロセス故、ちょっと心の体力も必要になってくるのです。

でも、その変わろうとするエネルギーは必要な情報を引寄せていく。意図がその方の「今」としっかり繋がっていれば、更にその威力も発揮される。

先日、グループで行ったゲームではそんなトランスフォーメーションのダイナミズムを体感するような展開となった。ゲームの展開をそのまま読み解くだけで、深い洞察に繋がっていく展開となりました。

その時の参加者のK.Oさんから、とても嬉しいフィードバックが届いたので、ご本人の許可を得てここに掲載させていただきます。

(ゲームで)いただいたメッセージを毎晩思い返し考えています。

あの日、「私はずっとボランティアをしてきたけれど、これからも奉仕の人生でいいのだ」ということがストンと落ち、自分自身を受け入れることによって大きな安心感を得ることができました。

前に進むことができそうです。

IMG_5028エンジェルカードの「Clarity」と「Vision」のメッセージをあの時きちんと捉えきれなかったからでしょう、私の中でうまくまとまっていませんが、次の私のテーマの「Leap」をどう体現していけるか、また毎晩思ってみることにします。(注*未来へのヒントとなるカードが最後に二枚やってきて、いずれも奇跡と奉仕のスクエアへ飛び越えていきなさい”というメッセージだったのでした。)

あの日から何かが変わったのを感じています。

そういう意味でTFGは思いもよらぬものでした。 

長年、ボランティア活動を中心に生きて来られた主婦の方。ご自分の心のブロックを外し、ご自身を表現していきたいという意図でのゲーム。何かのきっかけで、ボランティア活動をやり続けてきた事に、どことなく引け目を感じられているご様子でした。しかし、ゲームの中でやってくるエンジェルや、洞察はこれまでの彼女のやってきたことを讃えるかのようなものばかり。ご自身がご自身を承認できたプロセスだったのでしょう。お顔がどんどん変わりましたね!と他の方からのフィードバックもあったくらい。「ロック」は思いもよらぬところにあったのでした。

当たり前のように私たちは「お金を稼ぐ」ということに最も重要な価値を与えているのですね。私自身、日々、このことと向き合っておりますが、でも、お金を稼ぐ事だけが人間の価値を問う事では無いですね。お金は必要だけれど便宜的な道具。それが価値の中心となることはとても危険なこと。そしてもったいないこと。私たち一人一人の価値はその「道具」などで決まるものではないと思います。この話の先には何が豊かさであり、幸福なのかという命題が待っています。

でも、その答えもこのK.Oさんは軽やかに得られたよう。

IMG_5029急に気温が上がった日、K.Oさんは都内の沢山の花がある公園に友人とお散歩に出かけ、その春先の花芽が開く中での散歩を久しぶりに心から楽しんだと、フィードバックの末尾にご報告が。

これもゲームの効用かなという一言も添えられて。

きっと、Contentment(満たされている幸福感)のエンジェルが舞い降りていた事でしょう。ここから、幸福の種は発芽していくものなのだと思います。

そして、私も幸せです。
トランスフォーメーションゲームの詳細はこちら☟

http://manahouse.jp/news/1321.html

3月/08/2016

40年目のフィンドホーン  セイクレッドダンスフェスティバル へ行こう!

SN3J0329

【こちらの企画はお陰さまで満席となりました。】

今年の夏、フィンドホーンは祝福に満ちている。
フィンドホーンで誕生したトランスフォーメーションゲームと、そして世界中のコミュニティで踊られている踊りやフィンドホーンで創られたサークルダンス、セイクレッドダンスを踊りまくるフェスティバルが共に40歳を迎えます。

セイクレッドダンスは、日本で言えばフォークダンス。たき火を囲んで踊った記憶もある人も多い事でしょう。

多くは東西のヨーロッパ、ギリシャやイスラエルで踊られているダンス。いずれも簡単なステップであっという間に踊れてしまうダンスばかり。手をつないで輪になって踊るものが多いけれど、男女に分かれてリズムに乗りながらコミュニケーションを取ったり、ダイナミックにサークルでエネルギーを放っていくものなどなど、この40年の中で積み上げてきたダンスの数は相当なもの。

セイクレッドダンスフェスティバルは毎年夏の空が広がる季節にフィンドホーンで開催され、生のバンドや、ダンスのゲストティーチャーが招かれて、まさに祝祭となる。世界中からセイクレッドダンスファンが集まり、ただただ踊る一週間。

とはいっても、場所はフィンドホーン。朝に静寂の時間や、コミュニティの日常もそこにあります。でも、いつもより更に、そこには笑顔や歓びが溢れ、きっと、フィンドホーンの農園や花園も人間達の歓びを受けとって美味しく美しく実り、咲かせるでしょう。

ということで、この時を逃すまいとすでに財団が用意した宿泊枠が満杯となってしまいました。
この週の前に日本語体験週間を企画しているPeace Makin’Laboでは、フィンドホーンに住んでいるゴーント邦江さんと協力し、フィンドホーンの敷地内にあるキャラバン(貸し出し用のコテージ)を借り、体験週間の二週目のプログラムとして、また、フェスティバルだけに参加したい方のために企画を立ち上げました。全編の通訳は付きませんが、ゴーント邦江さんと共に、複雑な手続き等やコミュニケーションについては必要に応じてお手伝いいたします。

詳細は以下の通り

フィンドホーン*セイクレッドダンスフェスティバル40周年へ行こう!

*日程*

2016年7月16日(土)〜7月23日(金)

* 22日の夜でイベントは終了。23日の朝にチェックアウトとなります。
* 基本的に現地集合解散。15日の夜の前泊/23日の後泊はゴーント邦江さん宅で可能(別料金)です。
* 最寄り空港からフィンドホーンまでの移動のサポートもいたしますのでご相談ください。

*定員*

【満席となりました。】

*料金*

体験週間から継続して参加する場合
3名 160,000円〜 8名  140,000円 の間で最終人数で決定します。

ダンスフェスティバルだけ参加する場合
(体験週間の方が基本的に優先となります。)

3名  180,000円〜8名  160,000円の間で最終人数で決定します。

ご料金に含まれるもの:
イベント参加費、宿泊、食事、コーディネートに必要な経費。

ご料金に含まれないもの:
日本からの航空運賃、空港からフィンドホーンまでの旅費、前後泊料金、保険料等、

お申込・お問合せ 

Peace Makin’Labo (広瀬麻奈) 
Email: himana☆gol.com (☆を@に変更するか、このままクリックして下さい。)
Tel: 090-3438-0268

 

3月/02/2016

フリマの効用@国立 なないろハウス

IMG_4997去る2月27日と28日、春爛漫な陽気に恵まれた週末、国立のシェアハウス「なないろハウス」にて、国立のゆるやかな繋がりの中で生まれたフリマが開催されました。

昨年の秋、5年間この町のオアシススポットの一つだったカフェ「ベジ・ア・ターブル・トピナンブール」がその役割を終えて、新しい旅に出るということになった時に、そのプロセスをサポートしたメンバーで「スーツケース一つを持ち寄ってフリーマーケットなんて楽しそう。」という発想が事の発端。

「要らないモノたち」というより、家で眠っている捨てられないけどお気に入りのモノ達を「かわいい子には旅をさせよ。」と言う事で、新しくかわいがっていただける持ち主に出会う場となるといいねえという想いをベースに、「トピナンブール」で活躍したキッチン用品や、それぞれの旅の中で見つけた素敵なモノたち、家族の成長や変化と共にその家での役割を終えたモノ達が集まり、そのストーリーを分ち合いながら、モノが旅立っていく事に、思いがけない嬉しさと快感と、病み付き感を味わったのでした。

そんな心地よさを味わった仲間で、今度は他にも仲間を募ってやってみようと、今回の「フリマナンデス〜モノだって旅したい!」が誕生。といっても、私はやいのやいの言ってるだけで、国立を知り尽くす素敵なご婦人、S子さんの行動力とクリエイティブな発想力で、みるみると立ち上がっていったのでした。

IMG_4991IMG_4975「なないろハウス」は7世帯がシェアして生活をしている自立型シェアハウス。どんな大家族が住んでいたのかと思うような、大きな日本家屋の二階にある7部屋に7世帯が共に暮らす家。一階には庭に面した縁側のある3間続きの大広間があり、住人のみなさんの共有スペースとして、またゲストが泊まったり、今回のようなイベントに貸し出しをしながらセミオープンスペースとなっています。(注*貸し出しにはそれなりのルールあり。)

親子で入居していている方々、独身の方や会社勤めの方がいたりと様々な生き方をしている人たちが暮らしている。子供たちはみんなに抱っこされながら育っている様子はなんだかとてもあったかい。住まい方の違いでいろいろと難しい事もあるのは当然で、話し合い、折り合い付けながら共に暮らす、とっても当たり前だけどどこか、薄れてきてしまった生活感覚がここには活きづいているのがとても魅力的に感じた。

そんな暖かい空間が引寄せる様に、特に細かい擦り合わせをした訳でもなく、旅するモノや、美味しいもの、癒しを運んでくるもの、音楽、そして古の知恵を運ぶ古代文字の世界とぎゅっと密度の濃い場が生まれ、この場の呼びかけに引寄せられた方々が足を運び、春の陽気に包まれたなないろハウスの週末を過ごして下さいました。

新しい出会いもあれば、思いがけない再会もありました。遠いところからこのために来て下さる方も。

ちょっと交わす会話から、とても深い話までに及んで心を解放する場面も。また、この先の展開に繋がるような出逢いもあったりと、単純に「モノを売る」ことだけではない、クリエイティブな時間が流れていきました。

お金はエネルギー。モノや技をお金で交換していく事は大切な事。でも、そこにどんなエネルギーを乗せて発信するのか、受けとるのか。つけた値段が、そのモノの価値に対して安すぎると、付けた値段よりも多くはらって下さる方もありました。自分で選んで、価値を決めてその対価を払う、そんなハプニングがあるのもフリマの遊びかな。

眠っていたモノ達が息を吹き返して旅立つのも清々しい。ストーリーと共にモノやアートが繋ぐ出逢い。フリマの効用は思いがけず有機的な広がりをみせました。

次もやりましょうね、夏前に。というのが、〆の言葉。

次回はどんなモノや技や笑顔が飛び出すでしょうか。お楽しみに^^

次回予告*6月18日〜19日@国立なないろハウスにて再び。

IMG_5003 IMG_5009 IMG_5002 IMG_4990_1 IMG_4983 IMG_4982_1 IMG_4996_1 IMG_4995 IMG_5010 IMG_5011

 

 

 

 

 

2月/21/2016

ライブ所感@高円寺カサ・デ・エスペランサ

IMG_4944

©Toshiharu Kawajiri

2月18日久しぶりの本番で踊りました。

場所は高円寺カサ・デ・エスペランサ。馴染みのある共演者と温かい会場のみなさん、そしていつも我々の研鑽の場を提供して下さるエスペランサのみなさんに支えられ、無事に踊り終えることができました。

ありがとうございました。

昨年9月に恵比寿アンダルーサでスペインから来日しているアーティストと共演するライブで見事に不完全燃焼となり、これは少し頭を冷やさねばと思ったことと、自分の暮らしの大きな変化も合わさって半年余り、週一回のレッスンと時々自分での練習をいう淡白な時間を過ごしました。

馴染みの曲を新しい振付けで踊るということもあり、より時間をかける必要もあったことも事実。また、秋から指導も始め、様々にそれまでと同じようなリズムでフラメンコに関われなくなった時間でした。

でも、その決断はとても良い変換をもたらしてくれたかなと。

昨年末からの一ヶ月余りはこの曲を身体に浸透させて、自分の呼吸と結びつけていくという作業をじっくりしてきた。

それは、とても良い時間だったなと思う。
振り付けられた踊りに、自分の呼吸が反応し始める瞬間はいつでも気持ちいい。

そう、こういうことちゃんとやりたかったんだと改めて思った時間だった。

踊りたくて踊りたくて仕方なくて、夢中でライブを重ねていた数年前。とてもキラキラしていて素敵な時間を過ごしていたなと思う。でも、どこかから自分を通り越して本番のために練習する時間を追いかけるような状態になっていたなと。それはとても雑な感じがする時間だった。その先に「踊りたい」から踊るのではなく、「踊らなくちゃならない」から踊るということにモチベーションが変わっていったのだと思う。それは自分が、本番に向けて練習し続けないと身体が鈍っちゃうだろうという怖れからなのだけど。そして、その先に、昨年9月のライブがあったんだなあと。

今回のその新曲はまだまだ荒削りでこれから更に深めていきたいと思うけれど、あのキラキラしていた頃の本番を思い出す時間だった。間違えることを恐れず、飛び込んでいくこと。そして、同時にぎゅっと集中して全体と共に踊ること。その両方が混じり合う時は、いつでも終わった時に開放感に満たされる。身体も心も開いて浄化される。

これって、フラメンコに限ったことではないなと思う。

日々の仕事やあらゆることに言えること。

まわりの状況や出来事と一体化せずに、いつでも自分の中に流れている呼吸に戻れるところにいること。
そこから常に始められること。

何であれ、フラメンコのヌメロ(曲)を一曲踊るということは、この生き方を練習していることのように思う。
全体と「ひとつ」になることは、「一体化」とは違う。
つまるところ、一人一人がちゃんと呼吸して生きながら共に刺激融合してグルーヴすることなのだと。

人生同様、フラメンコでもまだまだその粋には達することがままならない。

でも、瞬間が訪れることがある。それが強烈に心身魂に記憶される。

また、それに出会いたくなる。

だから、踊ることも生きることも辞められないのだな。

IMG_4950

©Toshiharu Kawajiri