2月/28/2017

原初音瞑想

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2.26の新月の日。

ようやく、ディーパック・チョプラ博士が開発した原初音瞑想の講座を受けた。「原初音瞑想」は、私たちがそれぞれ、この世に誕生した瞬間にこの宇宙に響いていたという「原初音」をマントラとして使用しながら行う瞑想法。

この雛形はもともと30年以上チョプラ博士が実践していたTM(Trancesendetal Meditation)瞑想。そこから分かれて、インドの古代の瞑想法を現代人のために実践しやすく、効果も得やすい方法として1990年初頭にデザインされたのがこの「原初音瞑想」なのだそうだ。

何れにしても、インドの古代哲学がベースにあり、印象としては、医学博士であるチョプラ博士とビジネスパートナーのディビット・サイモン医師がより科学的に臨床も重ねながら構築されて来たもの、という感じがあった。

マントラの種類もより詳細に分けられているらしい。

一人一人に渡されるマントラは、ジョーティッシュと呼ばれるヴェーダの数式を使って、生まれた時の月の位置から、100以上あるマントラの中から導きだされる。

万物は音か振動であり、またこの宇宙にも独自の音か振動がある。

古代のヴェーダンダ哲学を実践する聖人たちがまず、このことを認識し、また月の周期でその音が変わるとに気づいたのだそうだ。そして、その振動を月の位置と共に記録していったのが、この原初音。

このことで思い出されたのは、あるアフリカの部族のお話し。

彼らも一人一人に「コード」があることを知っていて、病気になったときなど、村の人たちで音楽を奏でる歌い踊るうちに、その人の「コード」と同調し、本人はトランス状態となって戻ったときに病から回復する、というお話。
チャンティングや祝詞、お経にしてももしかしたら同じことなのかもしれない。

漢字の古代文字の「音」も神様の「おとずれ」(白川説)を表している。

この地球上の古代に生きた人たちはやっぱり宇宙と同調していたのだなあとここでも確認。

私たちが生まれた落ちた瞬間というのは、無限の可能性から現実の世界に出現した「間」。その瞬間に全体に溶け込んでいた魂は個別の意識を持つ。

その「間」をここではギャップと呼び、「考え」と「考え」の隙間、つまり考え、そして記憶が無い「無、空」の場と捉える。

原初音を使う瞑想は、私たちをその「間」に戻す効果につながると。

つまり、日々瞑想することは、宇宙の胎内に戻っては生まれ直すようなもの。余計な意識の埃を払って浄化することになるのだと思う。

「無」の世界はこれまでも、何度か体験してきて、いつでもそれは生命エネルギーの充電となって来た。

瞑想が現実生活においてたくさんのギフトをもたらすのも、そもそもの生命エネルギーを枯渇することなく、もともとの「全体」と繋がって、潤沢に循環させるからなのかもしれない。

先生から伺う「効果」は数々あり、それをここでは書かないけれど、何れにしても、自分の心身魂がセンタリングされて、必要こと、必要じゃ無いことが自ずと明らかになって、人生がシンプルに、そして自由になっていくのだと思う。

面白かったのは、チョプラ博士も「ユング深層心理学」を深く研究したということ。

ユング深層心理学の「アクティブイマジネーションによるアートセラピー」を昨年春から学んでいて、そこで体験している無意識世界の原型が、この原初音瞑想のテクニックの一つとして取り入れられていること。

男性性と女性性を表す原型を前に瞑想することで、そのエッセンスを自分に取り入れることができる方法が紹介された。これもまたシンクロニシティなのだな。

マインドとはなんなのか、スピリットとソウルの違い、また無意識世界と意識世界とのエネルギーの流れを示したモデルなどなど目から鱗な講義だった。

講座の翌日から朝夕の瞑想が始まり、確実に穏やかさを感じる。人生の後半となり、ようやく静けさの価値を体感しつつあるのでした。

原初音瞑想の講座の情報などはこちら↓

http://www.bodymindspirit.co.jp/index.html

2月/10/2017

ふたたび、ここ神楽坂から

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家や空間との出会いは、いつでも突然にやってくる。

昨年の秋に久しぶりに訪れた神楽坂の「一水寮」は昔の姿と重なりながら、見事に生まれ変わっていた。東南の角にある和室には中庭の柿の木のシルエットが新しい畳にゆらゆらと揺れていた。窓辺に立った瞬間、

「ここだよ。」

という声。というか、感覚。
誰の声かはわからないけれど、「まさか、今の身分では夢のまた夢!」と打ち消しても、繰り返し聞こえる

「ここだよ〜」

の声。どーしても逃れられず(苦笑)ええいと、一歩踏み出した。

私は何か変化を迎える時はこうして、内なる声に押し出されるのだ。

 

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「一水寮」。ムサ美時代の恩師、故鈴木喜一先生のご家族がここの主。鈴木先生の義理のお父様、明治生まれの建築家故高橋博氏が戦後間もなく建てた、お抱えの大工さん達を住まわせた寮。焼け野原となった東京の復興の勢いの中で、きっと威勢のいい大工さんたちがここから現場に向かったのだろう。独身の大工さんは3畳間に、家族持ちの頭領一家は土間のある二間にみんなで暮らしていた時代から、一時は普通のアパートとなり、やがて、先生ご一家と先生の事務所のスタッフや旅人達の住まいとなった。
世界をふらりと旅しながら、街や人々の暮らしの風景をスケッチしていた先生は、私の旅の師匠に一人。授業の時に、映し出された旅のスライドショーに刺激されて、何人もの同級生が卒業後旅に出た。私もその一人。それ故、帰ってくると先生に報告したり、いっぱい「質問」を抱えて、ここ神楽坂を訪れ、ついには旅と旅の間の出稼ぎ期間にこの和室に居候させていただいたりした。

先生ご一家の食卓には何度となくお邪魔した。二階から降ろされた梯子からかわいい子供たちが降りて、遊んでもらったり(笑)、奥さんの惇子さんが作ってくれる、大きなお皿に盛られた美味しい食事をごちそうになったもの。

20代のモラトリアム全盛の頃、世界の大きさに途方に暮れながらここで過ごした時間は今となっては宝物。正体のわからない「自由」を探しはじめた、大切な出発点。

それから、なんと30年近くも経っていた。いろんなことが変わったけれど、ここ一水寮の時間が途切れず流れていた。

人生の紆余曲折を超えて50歳を迎える時になって、ようやくその出発点に戻ることとなった。
全く予想もしない展開!でも、なんだか全ては予定されていたような気もするし、不思議な巡り合せというのはあるものだ。

「一水寮」は歴代の住人たちが、居心地よく、楽しく暮らせるように手を入れ、直しながら、絶え間なく愛されてきた場所。内側から育ったような「有機体」の建物。その時の流れと同じようにじっくりと内側からの「平和」を育ててゆきたい。そして、「自由」に生きるための実験の場を、ここで繋がる人たちに提供したいと考えている。

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愛すべき空間は、そこに居るだけで心地いい。この心地よさの底にある、ここを通りすぎていった人たちの想いにも繋がりながら旅と人生の実験をここで、あらためて始めよう。

ここを通過し、そして愛しき時間を落としていったくれた先人達に感謝を込めて。

2月吉日

IMG_0948雑誌「住む」60号に生まれ変わった「一水寮」が掲載されました。
http://sumu.sakura.ne.jp/numbers/60.shtml

 

鈴木喜一先生Link

鈴木喜一建築工房 作品

Blog: 鈴木喜一 – 旅する建築家 鈴木喜一の大地の家

鈴木喜一@Amazon

1月/27/2017

世界を旅する歌とダンス Vol.2 大阪編

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寒さの底が続きますが、もう少しで節分、そして立春。
今年は寒さが厳しいので春が待ち遠しいです。

もう一つ待ち遠しいのが関西行き。
2月に再び大阪を訪れます。

大阪を拠点に世界を旅しながら、ケルトや沖縄の歌を紡いでいる高野陽子さんとのコラボ企画の第二弾。フィンドホーンで踊られている世界のセイクレッドサークルダンスを集まった皆さんと踊ります。
以下、イベントご案内より

 

世界を旅する歌とダンス Vol.2

旅人は風のようにやってくる。遠い国の、土の香りのするダンスと歌と共に

東京、国立を拠点にスコットランドのフィンドホーンと日本の架け橋をかける旅する踊り手、青木麻奈。関西を拠点に、アイルランド、スペイン、沖縄などの音楽を歌いつなぐ旅する歌い手、高野陽子。昨年、東京で好評だった企画を今回は大阪にて開催します♪

日曜日の午後にダンスと音楽で世界を旅する時間を♪♪
外は寒くても 皆で手をつなぎ心合わせ 輪になって踊り歌えば
ハートぽかぽか。あたたかな時間をすごしませんか。

【日時】2/12(日)14時~16時
【料金】3500円(予約)4000円(当日)
【場所】クレオ大阪中央 4階 音楽室
大阪市営地下鉄谷町線・四天王寺前夕陽ケ丘駅から徒歩約3分
www.creo-osaka.or.jp/chuou/index.html

【ご予約&お問合せ】青木まで info☆manahouse.jp (☆を@に変えて下さい)

『セイクレッドダンス』は世界各地の人々の暮らしの中で踊り継がれてきたのサークルダンスや、私たちにも馴染みのある曲にシンプルな振付けをして輪になって踊るダンスです。

輪になって踊ること。それは、古代より人々が今日この日を生きるために、時に癒しとなり、時に活力となり、時に大きな存在と繋がるためにやってきたとても原始的な祈りともいえると思います。

楽しげなアップテンポのものもあれば、静かに瞑想するためのダンスもあります。

最初はステップに戸惑いながらもいつの間にか、そこに集う仲間とのグルーヴに見を委ねられることになるでしょう。

間違いはない、すべてバリエーション。
大切なのは今ここにある わたしの存在そのもの。

さあ、踊りましょう。

◆青木麻奈(世界のサークルダンス 担当)

20代に東南アジア、インド、アフリカ、ヨーロッパなどを歩き回り世界各地の風土と人々の暮らしを探訪。2004年に北スコットランドに50年余り続く共同体フィンドホーンにて体験週間に参加。以後、現在に至るまで自身のスピリチュアルな成長と新たな在り方を求めながら関わりを持つ。フィンドホーンリソースパーソンの一人として、その精神を日常の暮らしに表現するというフィンドホーンの種をここ日本で発芽させるべく活動展開中。フィンドホーンで誕生した変容のためのゲーム、トランスフォーメーションゲームのファシリテーター。また自身の表現活動としてフラメンコを踊り、古代文字の書を書く。

◆高野陽子(世界の歌 ライアー&沖縄三線 担当)

ケルト文化諸国や沖縄の島々、様々な地を訪れ、物語やメッセージを歌い継いぐ‘旅する歌い人’。 在学中よりバンドで歌い始め、2000年頃よりライブ活動開始。これまで数度にわたりアイルランドやスコットランドに滞在し、現地歌手より伝承歌を学ぶ。ケルト音楽ユニット、またライアーや沖縄三線の弾き語りソロ活動の他、ケルトの国々を巡り自ら撮影した写真やエピソードを交えたスライドショー・ライブなども展開。2010年1stCD「Leem」発売。2015年関西ケルト・コンピレーションCD「CELTSITTOLKE Vol.4」に参加。http://takanoyoko.com/

1月/06/2017

*謹賀新年 2017*

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明けましておめでとうございます。

昨年中はたくさんの出会いと慈しみ深い時間を共に過ごしていただき、
心より感謝申し上げます。

本年も丁寧にピースメイキングしてまいります。

どうぞよろしくお願い申し上げます。

2017年 元旦

青木 麻奈

 

****

 

関東ではお天気に恵まれたお正月となりました。夕方から夜にかけては金星と月と火星が冬の澄みきった空に美しく輝き、宇宙のアバンダンスとともに祝福されたような、そんな年明けとなりましたね。

 

今年はいつにもましてのんびりと過ごしましたが、松の内が明ける頃より私も今年の活動をゆるりと始めていこうと思います。

 

今年は昨年末にご縁を戴いた、柿の木が見える神楽坂の昭和の古民家の一室にできた、ピースメイキングラボの拠点「間・Persimmon」にて様々な試みをしていきたいと思います。

 

私自身がご提供するトランスフォーメーションゲーム、そして只今モニターセッションで経験を重ねているフィンドホーン・フラワーエッセンスなどのセッションルームとして、また、オトナの女性を中心とした「寺子屋的な学びの場」を育てていけたらと思います。

食、衣、医、海外暮らし、旅、社会的な課題、ハートとスピリチュアルなレベルの成熟などなどテーマも多岐にわたることでしょう。それぞれのスペシャリストたちとコラボレーションで小さくて深い輪を結びながらお互いにインスパイアされるような場になっていったらいいなと思います。

そして、その先に描くのは、一人一人が納得いく人生をありにままに生き、日々豊かさを観じ、感じながら生きられている幸福感。それが、今の私が描く「ピースメイキング」の理想です。

夏には7回目となる「フィンドホーン日本語体験週間」は8月24日から。そして秋は10月にハワイ島にて、フィンドホーンのミューズ、バーバラ・スウェッティーナと一緒に音楽とともに過ごすハワイアンダンス&ミュージックリトリートを企画しています。(詳細は2月上旬にお知らせできると思います。)

よりシンプルに、軽やかに。

人生の旅を楽しんでいきたいなと思います。

それぞれのタイミングでお会いしましょう!

 

11月/17/2016

心を耕す言の葉たち2016.11.17

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ありのままに生きることは等身大の自分を体感し、受け入れていくこと。

一所懸命に取り組んでも自分のした仕事に満足感が得られず自分が所在無い感覚にとっぷりつかることがある。

私の場合、それはフラメンコのライブ然り、何かのプレゼンの場だったり、ゲームのファシリテーションの中で起きたりする。

未知なることへの関心と、何かしてみたいという好奇心が先に立ち、やってみたところで終わったあとに、もっと何か違うことができたのでは無いか、もっと上手にスマートにできたのでは無いかとグタグタと後悔したり。

等身大では無い自分を描いてる場合もあるし、迷いの中でやり通した時もある。

何れにしても消化不良。

胸のあたりがもやもやしてなんとも心地よくない感覚。

そんな感覚にじっと浸かりながら、耳を澄ましてみると聞こえてきた。

 

『それもまた起きたこと。

描いていた絵が完成しないパズルのピースが忘れたり見つけられなかったりしても、ただそれが起きなかったということ。

起きたこと

起きなかったこと

その両方を信頼してみたら?

それは、あなたが一人でやってるわけでは無いのだから。』

 

そうか、そうだよね。

起きなかったことにも意味が在る。

小さな「わたし」が予想したり、考えていることなんてほんとに小さな範囲のこと。

見えて来ないところにもちゃんと「表現」がある。

そこに気づいていること。

そして、必要なら改めて次への一歩を考えればいいのよね。

 

そうやって道はできていくのだな。

 

経験を重ねるとはそういうことなんだ。

 

ある瞬間にやってるたった一つの洞察は長いこと空いていた穴に蓋をしてくれた。

11月/07/2016

ダンスでピースメイキング

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旅人は突然にやってくる。
大阪を拠点に活動する旅するシンガー、高野陽子さんが国立に遊びにやってきました。彼女が来るよというお知らせを受けて、ならば何かしようと、連絡をくれた国立のサンクチュアリ、アグレアブル・ミュゼの妙香さんとあっという間に立ち上げたイベント『世界を旅する歌とダンス』が先週末の日曜日の午後に行われました。

急な呼びかけにもかかわらず、10名の方が集まり、小さな温かい輪が生まれました。

世界を旅する…名の通り、旅が人生の一部となる主演者がそれぞれにその土地の空気感と共に、そこに、舞い降りました。

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ハワイに始まり、奄美、沖縄、アイルランドにスコットランド、ギリシャまで旅して、イスラエルに寄ろうかと思ったところで、日本に引き戻され、今日の旅は終了〜〜🛬

前半は、妙香さんと私とでハワイの創生物語であるカヒコ、『カマリィオカポ』のご奉納から。

そして、奄美の民謡を歌い踊りも伝える結さんの歌、美しい伸びやかな声で歌う陽子さんのケルトの歌、一部の締めはアグレアブルのオーナーのお一人妙香さんのフラを堪能(*^^*)

休憩を挟んで、二部はお客樣もみんなで踊るダンスは、アチューメントの代わりに奄美の島唄「足慣らし」を踊り、静かに繋がりました。

そこからはフィンドホーンのセイクレッドダンスのスタンダードを。

あっ、と気がついたら終了時間となりました。

『なんだか、歌を聴いたり踊ったりしているうちに、いつもイライラして子供にあたってしまっている自分に気がついたんです。今日、帰ったら少し優しくなれそう。』

そんな一言を伝えてくださった方がありました。

歌とダンス、そして旅の効用は思いがけない形で届くのですね。

ダンスが誰にとっても日常の中にあるものであったなら…と常々思っていたこと。その日常への一歩になったかもしれません。

また突然、旅人がやってくるやもしれません。その時は一緒に踊りましょう(*^^*)

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10月/25/2016

田んぼでピースメイキング – 収穫の秋

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田仕事の素人の私たち夫婦が自分たちが主体になって今年からお米作りをはじめ、仲間に配信した通信録です。自分たちの成長の備忘録として。

田んぼでピースメイキング- 春

田んぼでピースメイキング- 梅雨

田んぼでピースメイキング- 初夏

田んぼでピースメイキング- 夏

田んぼでピースメイキング- 秋の始まり

October 24, 2016

ここしばらくでぐっと秋も深まり、柿の実がきれいなオレンジ色になってきました。秋は実りが感じられる季節。そんな自然界のサイクルに反応して人間も実りを表現したくなる季節ですね。文化の秋というのも、自然界の一部の在り様なのかもしれませんね。

みなさまにはいかがお過ごしでいらっしゃいますか?

さて、ご報告が遅くなりましたが10月1日〜2日にかけて浜田の田んぼの稲刈りをしてまいりました。2日間(+月曜日)で述べ20名の方に集っていただき、すべて刈り終えることができました。稲刈りフェスにご参加くださったみなさま、こころから感謝申し上げます。

特に、今年は一つ一つの束がとてもしっかりと、丁寧にまとめてくださって、後日にかさ掛けの竹竿から落ちる束はありませんでした。みなさまの心のこもった「ラブインアクション」、田仕事に感動しました!

美しく「はさ掛け」が11列並び、そしてスズメ除け防鳥ネットもしっかりかけて、お日様を浴びるもつかの間、10月6日の夜半に大型強風台風が房総を通り抜け突4列の「はさ掛け」が倒れてしまい、朝一で稲穂の救出に行きました。幸いに水に浸かる稲穂は無く、予定通りにその週末の間にすべて脱穀をいたしました。

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途中、ハーベスターが働き過ぎで白煙を吐くというハプニングもありつつも、日曜に急遽に来ていただいた機械屋さんに修理していただきながら脱穀も完了し、館山市内の精米所にすべての籾を持ち込み、少し水分が多かったので(19%)半日乾燥室に入れて、玄米までの精米をお願いしてきました。

ようやくすべてが玄米となり、先日引き取りに行って来ました。30KGの米袋が積まれているのはなんとも迫力です。

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『 迫力!』ではありましたが、実は今回の収量は全部で約157キロ余りでした。予定の1/3と予想より大分少なかったので正直”あらら”というガッカリした気持ちにもなりました。。。

でも、冷静に考えて昨年の収穫後の手入れをほとんどできなかったことや(稲藁の散布が極端に偏っていた状態)、雑草の力が圧倒的だったこと、そして自然栽培三年目となり、肥料的な地力が無くなって来たということなど、いくつかの要因を考えれば納得する量であり、よくぞしっかりと実ってくれたと思います。

自然栽培(無施肥)の収量の目安は一反で5.5俵(330kg)だそうです。今回、田植えをした範囲が約1反2畝程度。396kgぐらいまでがあの田んぼの可能性ということになります。(ちなみに慣行農法では一反で540kg、有機農法で420kgというのが平均的な数と伺いました。)

【参考資料*大分の国東半島で10年以上自然栽培をしている農家の方のサイトです。http://oita-shizen-kome.com/shizensaibai/index-561.html

なので、来年はもっと今から春にかけての田んぼの手入れをしよう、除草の工夫をしよう、肥料は入れないまでも炭にした籾殻を入れてみる、空気中の窒素を根っこに固定するレンゲ草を植えて春に鋤き込んでみようなどと、更なる試みへの気持ちが高まっています。

脱穀にしても、この規模の脱穀ならば機械に頼らず、足踏み脱穀機がいいよねという話にもなりました。

そして「肥料効かすより足音聞かせよ」の言葉通り冬の間もちゃんと通って田んぼと対話して行こうと思います。

田んぼのこととなると自然に未来への話になるのが面白いです。

加えて、いろいろと試す余白があるのは楽しいことです、まさにピースメイキングラボの言葉そのものです。

来年もまた、あの田んぼの力、可能性を存分に表現できるべく自然栽培の田んぼを育てていきます!

朝晩がかなり冷えてまいりました。

どうぞ、お体ご自愛下さいませ。この後も田仕事は折々ございますので、都度ご案内申し上げます。ご興味在りましたら、館山でご一緒しましょう!

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作業がすべて終えた後に初めて外房の海岸線へドライブしました^^

 

 

 

5月/15/2016

トランスフォーメーション*ダイアリー〜自分の足で立つ!〜

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4月の週末、初めて札幌でのトランスフォーメーションゲームをファシリテートしてきました。


札幌の街イベント情報を掲載するポータルサイトから申込をして下さった30代後半の女性Yさん。遠くの街
から、朝早起きしてやってきてくださいました。


現在勤める仕事場の上司から言われたある一言で、長年やってきた介護の辞めることに。

新しい仕事で自分が自分の上司になる!という意図とともにやってきて下さいました。

これまでは、なかなか自分の意見を表明したり、感じていることを相手に伝えるのが苦手で、多くの人がそうであるように、相手や環境に合わせ、悶々としながら社会生活を送られてきたYさん。何度と無くお仕事を辞めたいと思いながらも思い切った一歩が踏み出せない中で、向けられた上司からの言葉。それが、これまでの悶々としたYさんの内なる声を押し出し、辞めるという決断に。そんな矢先のこのゲームでした。以前受けたことがあったこのゲームが、その時にとても助けになったということで「トランスフォーメーションゲーム」というキーワードで検索したら今回のお知らせに行き当たったと。

私はYさんの為にこのゲームを企画したのかもしれません^^

最初のダイスで誕生し、早速人生の道を歩み出しました。
次のダイスが「5」、いきなりミラクルのスクエアへ!これからは、自営でお客様の健康を育てて行くお仕事をする、という意図のエクササイズをするように、他の方に新しい人生の気づきの機会を提供しました。そしていくつかのプロセスを終えた後に仕上げのミラクルスクエアへ降り立ちました。そこではご自身の深いところにある純粋な「ニーズ」と、ある人に対して抱えてきた罪悪感を手放すプロセスをここでやってみることに。

これまで、自分の中で繰り返しつぶやいていた言葉を口に出した途端に、Yさんは大きなため息と共に身体中の力みが抜け、緊張していたお顔がふわ〜と解放されていました。

自分だけで抱えてきた想い、それがどんなものであっても、また対象がその本人でなくても、安全に口に出すことができることで、こんなにも伝わってくる空気感が変わるものかと、毎回その変容を見守りながら感じることです。

それは、私自身がファシリテータートレーニングで何層にもなってしまい込まれた「言葉達」を一つ一つ解放していくことで正に味わった「変容」。

詰まっていた言葉を解放することで身体と心、そして、見えないレベルの流れが通り、そこに呼吸がはいっていく。外の世界との循環が始まります。

流れと循環と呼吸はこの自然界の原理原則の一つだと思います。

心や身体もその法則に沿うことが本当に意味での健康につながっていくのでしょう。

お持ち帰りエンジェルは「Relaxation」

帰り道はその開放感を味わいながら、嵐の後の札幌の町をゆっくり歩いて帰られたそう。

嬉しい時間でありました。

こんなプロセスの場を共に居られることが、私にとってもギフトなのだと思います。

✨✨✨✨✨

その後も、Yさんからゲームで得た気づきをもとに行動を起こして行かれるたびにご報告のメッセージが届いています。

その上司の方にも、改めて自分が向けられた言葉に対して感じたことを伝えたことで、全く違う意図でその上司の方が話していたことがわかり、また、罪悪感を感じてきた相手にも正直に自分がその方に対して「やってしまったこと」を伝え、相手の方との和解へのプロセスを歩み始められました。

「自分の足で立つ!」という意図を立てた瞬間に実は変容は起きているのでしょう。過去のパターンから脱皮して行くYさんは頼もしい限りです。

すべてのプロセスのタイミングや方法論は一人一人異なりますが、ゲームで提供される「安全な場」でこれまで蓋をしてきた箱をを開けてみる。そしてその向こう側にある広大な智恵と愛の場にタッチして戻ってくるとすでに変容が起きている。その旅のキーポイントとなる態度はやはり素直さにつきると思います。

しっかりと、今、もっとも自分の中で湧き上がる意図とニーズを見つけ出し、変容をサポートする言葉やエネルギーを素直に受け止め、しっかりとコラボレーションしていくことでとても深く、揺るぎのない「変容」へと繋がって行くのだなと、改めて。

短い期間ではありますが、Yさんのプロセスと共に過ごし、そのひたむきに向き合い行動する姿を見せて下さったことに心から感謝とエールを送りたいと思います。

 

3月/28/2016

フラメンコレッスン*ダイアリー

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昨年の秋から南砂町のカルチャーセンターでフラメンコを伝え始めて半年が経ち、ようやくその広いスタジオや一歩前に立ってフラメンコを伝えるということに慣れてきた。長年続けて来られている生徒さんを引き継ぐクラスと全くフラメンコに初めて触れる方のための入門クラスと2クラス。

一時間という限られた時間で、生徒さん達が何か一つでも持ち帰るものを提供できるか、あるいはつかの間日常生活を離れて、カラダを動かすことに集中し、リフレッシュできるか、模索しながらの半年でした。今もそれは続くのだけれども、少しずつ自分が何をこのフラメンコを通して伝えたいのかが姿を表し始めてきた。

フラメンコは恐ろしく奥深い。なぜなら、人間そのものの奥深さを歌い、その感情そのものになり、フラメンコを踊る、歌う、弾く者たちのカタルシスを観る人達へ分ち合うものだから。時にそれは、神様との対決にもなり、むき出しの存在が最後には立ち現れ、その愛に包まれるものである。

こんな境地はどこにあるのか、でもそれを観たことはあって、そこに向かいたいけど、いつまでも彼方にある。

それが私の感ずるフラメンコの世界。

この世界をどう噛み砕いて、楽しく、伝えるのか。。。これはきっとフラメンコを指導する方々みなさんが模索することなのではないかなと思う。

とはいえ、私自身カルチャー出身。

その初心を思い出すこと。あの時は、ただ言われるままにカラダを動かすことが新鮮だったなと。

オフィスワークや家事で使うカラダの領域はとても限られていることに踊る様になって初めて気がついた。そして、いつの間にかその限られたカラダの領域で固まってしまっていることも。

カルチャークラスの入門クラスではまずはここから。

カラダをほぐして繋げて呼吸入れて。そしてリズムを入れていく。

外側の筋肉を鍛えるのではなく、コアを鍛えてしなやかなカラダになっていくこと。今流行のレジリエンスをカラダで実感できるように。

時にそれは「フラメンコ」という領域から出ることになるかもしれないけれど、とても大切なこと。

カラダの自由さを求める一方で、フラメンコ的に大切な軸は、そこに「意志」を通すということ。

それがフラメンコのリズムの環を生み出していくということ。

フラメンコのリズムは循環。その循環の中で曲趣によってアクセントが変わってくる。そのアクセントが「意志」であり「軸」

自由を求めるとき、その軸があることでより自由に内側を感じられる。小さな入り口から、最終的にはそんな領域に向かえるように時間を重ねていきたいもの。

コトバにするは易し、行うは難し。でも、やればやっただけ応えてくれるのも事実。

そして、それは日々生きることに直結していく。

お伝えしながら、私自身もなぞる道。

半年過ぎての覚え書き。

 

 

2月/21/2016

ライブ所感@高円寺カサ・デ・エスペランサ

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©Toshiharu Kawajiri

2月18日久しぶりの本番で踊りました。

場所は高円寺カサ・デ・エスペランサ。馴染みのある共演者と温かい会場のみなさん、そしていつも我々の研鑽の場を提供して下さるエスペランサのみなさんに支えられ、無事に踊り終えることができました。

ありがとうございました。

昨年9月に恵比寿アンダルーサでスペインから来日しているアーティストと共演するライブで見事に不完全燃焼となり、これは少し頭を冷やさねばと思ったことと、自分の暮らしの大きな変化も合わさって半年余り、週一回のレッスンと時々自分での練習をいう淡白な時間を過ごしました。

馴染みの曲を新しい振付けで踊るということもあり、より時間をかける必要もあったことも事実。また、秋から指導も始め、様々にそれまでと同じようなリズムでフラメンコに関われなくなった時間でした。

でも、その決断はとても良い変換をもたらしてくれたかなと。

昨年末からの一ヶ月余りはこの曲を身体に浸透させて、自分の呼吸と結びつけていくという作業をじっくりしてきた。

それは、とても良い時間だったなと思う。
振り付けられた踊りに、自分の呼吸が反応し始める瞬間はいつでも気持ちいい。

そう、こういうことちゃんとやりたかったんだと改めて思った時間だった。

踊りたくて踊りたくて仕方なくて、夢中でライブを重ねていた数年前。とてもキラキラしていて素敵な時間を過ごしていたなと思う。でも、どこかから自分を通り越して本番のために練習する時間を追いかけるような状態になっていたなと。それはとても雑な感じがする時間だった。その先に「踊りたい」から踊るのではなく、「踊らなくちゃならない」から踊るということにモチベーションが変わっていったのだと思う。それは自分が、本番に向けて練習し続けないと身体が鈍っちゃうだろうという怖れからなのだけど。そして、その先に、昨年9月のライブがあったんだなあと。

今回のその新曲はまだまだ荒削りでこれから更に深めていきたいと思うけれど、あのキラキラしていた頃の本番を思い出す時間だった。間違えることを恐れず、飛び込んでいくこと。そして、同時にぎゅっと集中して全体と共に踊ること。その両方が混じり合う時は、いつでも終わった時に開放感に満たされる。身体も心も開いて浄化される。

これって、フラメンコに限ったことではないなと思う。

日々の仕事やあらゆることに言えること。

まわりの状況や出来事と一体化せずに、いつでも自分の中に流れている呼吸に戻れるところにいること。
そこから常に始められること。

何であれ、フラメンコのヌメロ(曲)を一曲踊るということは、この生き方を練習していることのように思う。
全体と「ひとつ」になることは、「一体化」とは違う。
つまるところ、一人一人がちゃんと呼吸して生きながら共に刺激融合してグルーヴすることなのだと。

人生同様、フラメンコでもまだまだその粋には達することがままならない。

でも、瞬間が訪れることがある。それが強烈に心身魂に記憶される。

また、それに出会いたくなる。

だから、踊ることも生きることも辞められないのだな。

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©Toshiharu Kawajiri